11.実習

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学科と実習との調和を計り、且つ学科の教授法と等しく実地指導の方法を適切ならしむるは、実業教育上最も緊要なることなりと雖(いえど)も、学実務上の技能を共に完全に教育するは頗る難事にして、殊に林業は其性質上高尚なる学術を応用すること多く、且つ急坂を踏破して劇烈なる労働に従事するを要するを以て、将来林業の実務に従事すべき技術者を養成するを目的とせる本校に於ては、甚だ複雑なる学科を修得せしむると共に、困難なる山地の労働に耐へ、且つ繁雑なる実地の業務を処理し得べき技能を養成するに要するが故に、他の実業教育に比し更に一層の困難あるを免れず。由(より)て本校は創立以来の経験に鑑み、(つと)めて両者の調和を計り教育の効果を完たからしめんことを期す。
実習の目的  実習の目的列挙すれば、元より2、3に止まらざるべしと雖も、本校に於ては次の4項を主要目的とし、実習教授の方針も亦主として此の目的を達せんとするにあり
  1、事業の計画及実地作業の方法を解得練習せしむ
 
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  2、実務に関する常識を涵養す
  3、労働に服し困難に耐ふる習慣を養成す
  4、他日卒業後独立経営をなすに際し遺憾なからしむ
実習と学科との調和  実習と学科との関係を円満ならしめんが為め、各実習の指導は其学科の担任教諭を以て之れに任じ、又各実習の統一を計るため実習主任を置けり。而して造林及農業実習等の如き一定の季節を限らるゝものゝ外は、常に学科の進度に並行して実習を課し(必要に応じ或は実習を先にし、或は学科を先にすることあり)、以て実習の目的を達すると共に、学科教授の結果をして更に確実ならしむ。
実習過度の為めに学の減退を惹起(じゃっき:ひきおこすこと)し、或は学科に偏するが為めに労働を嫌悪し,空論を好むが如きことなからしむるがため、
  1、平素実習は凡て隔日とし、成るべく学科の進度に伴へる実習を課し、
  2、定期実習季第1学期の初めに於て約3週間以上、夏季及秋季に於て約1週間以上の終日実習を課し、造林・伐木・林産物製造・農業実習等主として季節に関する実習を行ふ。
如斯(かくのごとく)長期の終日実習を課するは、林業実習の性質上止むを得ざる所にして、之れが為学科教授の時
 
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数を減ずるの恐れなきにあらずと雖も、平常の実習比較的少く、生徒をして専ら学科に全を注がしむるを得べきが故に、修学上却(かえっ)て結果を奏し得べきのみならず、働くべき時は大に働き学ぶべき時は大に学ぶの良習慣を養成し得べし。
実習の種類及各学年に対する配当  本校に於て教授せる専門の学科には何れも実習を課し、且つ此等の実習は主として生徒の労のみによりて作業せしむるも、特種の装置を要し或は格別の技術を要するがため、直接作業せしむる能(あた)はざるものは視察又は自習をなさしめ、或は専門の森林労働者をして補助せしむることあり。而して此等の実習は可成(なるべく)学科の教授と連絡を保たしめんことを期せり。
       実 習 配 当 表
(注 「実習配当表」の表は原本ビューワ31‐33コマを参照)
 
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  以上は本校及本校付近に於て実習せしめ得べき事項の内、主要なるものを列挙せるものなり。
  又表記の配当は時宜により多少変更することあるべし。
実習の方法  実地指導の要は前述実習の目的を達するにあること勿論なりと雖も、此時指導上特に注意するは、
  1、実習に対する趣味を喚起し、苟(いやしく)も労働を嫌忌するが如きことなからしむ
  2、実習中は不断研究的態度を持し、単純なる労働者となるが如きことなからしむ
の2項にして、之れがため生徒の能に応じ実習の種類及実習の組織等には深く注意を払へり。次に実習方法の大要を示せば、
  1、造林其他季節に関係ある実習に付ては年中行事を編成し、毎学年の初めにて1学年中に於ける作業事項を予告す
  2、実習は各種類毎に作業計画を定め予(あらかじ)め其順序方法を説明し置く
   但し3学年生に対しては生徒をして計画案を編成せしめ、教師之を検閲して実施せしむ
 
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ることあり
  3、実習の際は就業前生徒の能に応じ、其作業上特に注意すべき点を説明し、終業に際し当日実習の結果に対する講評を為し、将来に対する注意を与ふ。
  4、各実習に作業簿を設け、各個人各組合或は其日の当番をして詳細に記載せしむ
  5、実習の組織(注11-1)は共同、組合担当、及個人担当の3種とし、生徒の能実習の種類によりて之を定む。
  6、一般に下級生徒には共同実習とし、上級生徒には組合担当及個人担当とし、且つ可成(なるべく)試験研究に関する事項を担当せしむ。
  7、実習の結果に就ては一定の様式によりて記載し、担任教諭に報告せしむ。
  8、森林利用及森林経理等の実習は、可成本校演習林に於て作業せしむる外、木曽御料林に於て視察及見習をなさしむ。
  9、地方的の特種林業の方法を調査せしめ、併せて林業の全般に関し常識を養成せしむるため、3学年生に約3週間、2学年生に約2週間の県外修学旅行をなさしむ。
実習に関する設備  本校の現校舎は元福島小学校の旧校舎を使用せるものにして敷地校舎共
 
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に甚だ狭く、且つ福島町の一部に在るが為め、付近に於て適当なる実習地を得ること難く、演習林の外は必要なる設備も完全に設置すること能はざるものありと雖も、42年度来着手中の新校舎は既に一部の落成を告げ、明年度中に於て移転し得べき見込みなるを以て、苗圃・林産物製造場・農業実習地・其他の固定設備は校舎の移転と共に改設すべき見込みなるを以て、以下演習林の現況並に明年度以後に於て施設すべき計画の大要を示さん。
演習林は福島町字大平に11町7反余、同町字城山の内に71町7反弱を有す。前者は福島停車場の西方木曽川に面する山腹に在り、全部落葉(からまつ)を新植し一部分は既に10余年生に達し生育頗(すこぶ)る良好なり。又後者は新校合と僅かに一渓を隔てゝ相対し、教室にありて尚林木の種類を観別し得べし。該(その)演習林中約10余町歩は落葉・扁柏(へんぱく:ヒノキ)及杉を新植し、他は中年生の雑木並に樅(モミ)・扁柏等の天然生林木を存す。尚演習林に関する詳細の事項は別に記述す。
見本林は未だ設置に至らずと雖も、明年度に於て測量及設計をなし、本邦産及外国産の有望林木の森林並に各種の造林法式及作業方法の森林を造り、造林学研究の資料となす見込なり。
苗圃は明年度より新設校の構内及付近に設置する見込にして、其面積約6反歩にして左の5種に区別す。
 
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  1、播種苗圃    100坪(約 330㎡)
  2、床替苗圃    900坪(約2,975㎡)
  3、模範苗圃    300坪(約 991㎡)
  4、試験苗圃    250坪(約 826㎡)
  5、見本苗圃    250坪(約 826㎡)
播種苗圃は主として床替苗圃用の幼苗を養成し、床替苗圃は其幼苗を山出となす迄の間培養し、共に苗圃実習の練習用とす。
模範苗圃は杉・扁柏及櫟(クヌギ)の3種を各100坪の土地に於て、一定の計画案に拠りて連年作業(年々一定の山出苗の産出する施業法)を行ひ、材料労の数量経費並に苗木の生長量及産出数等を詳細に調査せしめ、苗圃経済の研究の用に供し主として組合担当とす。
試験苗圃は播種床替等に関する各種作業法の得失、及肥料の効果並に苗圃経済に関する事項に付き試験研究を行ひて、試験事項は2名乃至3名を以て担当せしむ。
見本苗圃は内外各種の有用林木の苗木を培養し、見本林及植物園等の植付の用に供し、併せて造林学教授の参考となす。
 
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植物園は現在面積約1反歩にて植付林木60余種を有するも、新築校舎に移転の後は新に設置し樹種は300種以上を植付くべき見込みなり。然(しかれ)ども10万町歩の木曽御料林と御岳・駒ヶ岳の両高山は温寒両帯に生ずる無数の林木を有し、自由に研究を為し得るゝ便宜を有するを以て本校に対しては最良の植物園と云ふも不可なし。
林産物製造場は、現在のものは甚だ狭隘(きょうあい)にして、僅かに木材乾留釜1台及之れに付属の設備をなせるに過ぎざるを以て、新校舎に移転の後は新に完全なる製造場を設置すべき見込みなり。又炭窯は演習林に2個、新校舎構内に1個を設置するも、尚明年度に於ては構内に2個を設け、木酢液採取の装置を設くべき見込みなり。
農業実習地は、来年度よりは約2反歩は林業苗圃を農圃と輪作法を行ひ、別に蔬菜(そさい)園300坪に普通作物圃200坪、特用作物圃を100坪位設け、尚果樹園及び花卉(かき)園は畦畔或は庭園地に設け、一は土地用一は装飾を目的とし以て農業の趣味を与ふるを旨とす。
林業家の副業として労働の分配上、養・柞(さくさん:注11-2)・天(てんさん:注11-3)の飼育の有利なるは論なきを以て、之れが飼育の知識の注入を計る為め早晩実習を課する見込なり。
右の外各種の実習に要する器具機械は、生徒の数に対して必要なる員数を設備し、実習上遺憾なら
 
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しむ。
要之(これを要するに)、実習に関する現在の設備は未だ不完全たるを免れず、林業教育を専門とせる本校が他の農林併置の学校に比し遜なき能はざるは甚だ遺憾とする所にして、新設校舎に移転の後は着々必要なる設備の完成を期する所なり。
然りと雖も10万余町歩の木曽御料林は自然の大教室にして大実習場たり。如斯(かくのごとく)偉大なる設備は到底他に於て求め得べからざるなり。又教室にあり演習林を望見し、僅かに数分間に於て往復を為し得べきは未だ其例を聞かず。本校が従来実習に関する設備の完全ならざりしにも係はらず実務上の技能を遺憾なく養成し得たるは元より種々の事由によるべしと雖も、学校の設備以外諸種の点に於て、実習上多大の便宜を有するに拠る所大なりと云はざるべからず。