[翻刻]

世々の変風、元録(ママ)に至りて正      2
やゝ定まりしよりこのかた、諸家
の風調、おの/\その得失によりて、
風姿極りなしといへとも、かの向上の
一路は踏たかふ事なく、ひはりの
くちさかしく、蚯蚓の鈍くおかしけ
なる、又は蓬の直よかに、蕀の
くねれるも、ミな自然の風骨を
 
  (改頁)      3
 
具して、しかも正にもとらさるハ、
天の妙といふへし。其一妙を得
たるしなぬの一茶、一期の風・言
行ともに洒落にして、焔王も腮を
とき、獄卒も臍をかゝゆへし。
しかはあれと、毛頭れいの向上の
本意を失はす、実に近世独歩
の俳道人とせむ歟。こたひ
 
  (改頁)
 
同国の一之、家に伝へし坊が遺
稿をその儘上木して、追慕の
こゝろさしを尽す。予も亦旧知己
をわすれす、坊か命終の年、
柏原の旧里を訪ひて往事を
かたるに、あるひは泣、あるひは
わらひてわかれぬ。其俤まほろし
に見えて、扨こそこの集の
 
  (改頁)      4
 
序者にたてるも、これ又
因縁によれるへらし。
  嘉永壬子春涅槃日
   東都 瓢隠居逸淵 (印)
 
  (改頁)
 
昔たんこの国普甲寺といふ所に、深く浄土
をねかふ上人ありけり。としの始ハ世間祝ひことして
ざゞめけハ、我もせん迚、大卅日の夜、ひとりつかふ小法師
に手紙したゝめ渡して、翌の暁にしか/\せよ
と、きといひをしへて、本堂へとまりにやりぬ。
小法師ハ元日の旦、いまた隅ミ/\ハ小闇キに、初烏の
声とおなしくがバと起て、教へのことく表門ン
を丁/\と敲けハ、内より、「いつこより」と問ふ時、
「西方弥陀仏より年始の使僧に候」と答ふ
 
  (改頁)      5
 
るよりはやく、上人裸足ニておとり出て、門の
扉を左右へさつと開て、小法師を上坐に称
して、きのふの手帋をとりてうや/\しくいた
たきて、読ていはく、「其世界ハ衆苦充満に
候間、はやく吾国に来たるへし。聖衆出むかひ
してまち入候」とよミ終りて、おゝ/\と泣れ
けるとかや。此上人、ミつから工ミ拵へたる悲しミに、
ミつからなけきツヽ、初春の浄衣を絞りて、したゝる
泪を見て祝ふとは、物に狂ふさまなから、俗人
 
  (改頁)
 
ニ対して無常を演ルを礼とすると聞からに、仏門においてハ、いはひの骨張なる
へけれ。それとはいさゝか替りて、おのれら
ハ俗塵に埋れて世渡る境界なから、
鶴亀にたくへての祝尽しも、尼(ママ)払ひ
の口上めきてそら/\しく思ふからに、から風の
吹けはとふ屑家ハ、くつ屋のあるへきやう
に、門松立てす煤はかす、雪の山路
の曲り形りに、ことしの春も
 
  (改頁)      6
 
あなた任せになんむかへける。
   目出度さもちう位也おらか春 一茶
    こぞの五月生れたる娘に、
    一人前の雑煮膳を居へて
   這へ笑へ二ツになるそけさからハ
  文政二年正月一日
 
 
  (改頁)
 
    とし男つとむへき僕といふ
    ものもあらされは
  名代にわか水浴る烏かな 一茶
     水江春色
  すつほんも時や作らん春の月 ゝ
  山の月花盗人をてらし給ふ ゝ
     善光寺堂前
  灰猫のやうな柳もお花かな ゝ
  さくら/\と唄はれし老木哉 ゝ
  桜へと見へてしん/\端折哉 ゝ
     初午
  花の世を無官の狐鳴にけり ゝ
      【ツホサウゾク
      ハウハギハ上
      衣ノツマヲハ
      サミタル姿
      也。今云カイ
      トリハシヲ
      リノサマ也。玉
      カツラニツボ
      ヲリ姿卜云々(上覧注記)】
 
  (改頁)      7
 
  かくれ家や猫ニもすへる二日灸 ゝ
  葎からあんな胡蝶の生れけり ゝ
     上野遠望
  白壁の誹れなからかすみけり ゝ
  苗代ハ菴のかさりニ青ミけり ゝ
  花の陰あかの他人ハなかりけり ゝ
     二月十五日
  小うるさい花か咲迚寝釈迦かな ゝ
  ミ仏や寝ておはしても花と銭 ゝ
  猫の子や秤にかゝりツヽじやれる  ゝ
     玉川
  さらし布霞の足しに聳へけり ゝ
 
  (改頁)
 
妙専寺のあこ法師たか丸迚、ことし十一に成りけるか、
三月七日の天うら/\とかすめるにめてゝ、くハん
りうといふ、ふとくたくましき荒法師を供して、
荒井坂といふ所にまかりて、芹薺などつミ
て遊ふ折から、飯綱おろしの雪解水、黒けふり
立て、動/\と鳴りわたりておし来たりしに、いかゝ
したりけん、橋をふミはつしてだふりと落たり。
「やあれ観了、たのむ/\」と呼はりて、爰に
頭いつると見れは、かしこに手を出しツヽ、たち
まち其声も蚊のなくやうに遠さかると見るを
此世の名残として、いたましいかな、逆巻く
波にまき込まれて、かけも容も見へさりけり。あハ
 
  (改頁)      8
 
やと村の人/\打群りて、炬をかゝけてあちこち
捜しけるに、一里はかり川下の岩にはさまりて
ありけるを、とり上てさま/\介抱しけるに、むな
しき袂より蕗の薹三ツ四ツこほれ出たる
を見る(ママ)つけても、いつものことくいそ/\帰りて、
家内へのミやけのれうにとりしものならんと思ひ
やられて、鬼をひしく山人も皆/\袖をそ
絞りける。とみに駕にのせて、初夜過るころ
寺にかき入れぬ。ちゝ母ハ今やおそしと
かけ寄りて、一目見るより、よゝ/\と人目も
耻す大声に泣ころひぬ。日ころ人に無
常をすゝむる境界も、其身に成りてハ、さすか
 
  (改頁)
 
恩愛のきつなに心のむすひ目ほとけぬハこと
はり也けり。旦には笑ひはやして門出したるを、
夕には物いはぬ屍と成りてもとる。目もあて
ら(ママ)ぬありさまにそありける。しかるに九日野送なれ
は、おのれも棺の供につらなりぬ。
  思ひきや下萌いそくわか草を
  野辺のけふりになして見んとハ 一茶
 
長/\の月日、雪の下にしのひたる蕗・蒲公の
たくひ、やをら春吹風の時を得て、雪間
/\をうれしけに首さしのへて、此世の明り
見るやいなや、ほつりとつミ切らるゝ草の身に
 
  (改頁)      9
 
なりなは、鷹丸法師の親のことくかなし
まさらめや。草木国土悉皆成仏とかや。かれら
も仏生得たるものになん。
     独坐
  おれとしてにらみくらする哉 一茶
  梅の花爰を盗めとさす月か ゝ
  松嶋の小隅ハ暮て鳴く雲雀 ゝ
  大猫の尻尾てなふる小蝶哉 ゝ
    三月十七日ほしな詣
  花ちるやとある木陰も小開帳 ゝ
  通りぬけせよと垣から柳かな ゝ
  餅腹をこなしかてらのつき穗哉 ゝ 
 
  (改頁)
 
正月元日の夜の丑刻より始りて、打つゝき八日目/\に
天に音楽あるといふ事、誰いふともなく云
触らして、いつ/\の夜、そんせうそこにてしかときゝしと
(ママ)人も有。又吹風の迹なし事とけなす
ものもあり。其噂、東西南北にはつと弘りぬ。
つら/\思ふに、全く有りと信しかたく、
又ひたすらなしとかたつけかたし。天地ふしき
のなせるわさにて、いにしへ甘を降らせ、
乙女の天下りて舞しためしなきにしもあらす。
今此天下泰平に感して、天上の人
も腹皷うち、俳優してたのしむならめ。
それを聞得さるハ、其身の罪の程ニよるへし。
 
  (改頁)      10
 
 
  (改頁)
 
 
  (改頁)      11
 
何にまれ、あしからぬとりさたなりと、三月
十九日夕過より、誰かれ我菴につとひ
ツヽ、おの/\息をこらして、今や/\と待うち、夜ハ
しら/\明て、窓の梅の木に一声有。
  今の世も鳥ハほけ経鳴ニけり 一茶
  鶯の馳走ニ掃しかきね哉 ゝ
  馬迄もはたこ泊や春の雨 ゝ
  雀の子そこのけ/\御馬か通る ゝ
  かすむ日やしんかんとして大坐敷 ゝ
  横乗の馬のつゝくや夕雲雀 ゝ
     京嶋原
  入口のあいそになひく柳かな ゝ
 
  (改頁)
 
  藪村やまくれあたりも梅の花 一茶
  正月や夜ハよる迚うめの月 ゝ
  茶屋むらの一夜ニわきし桜かな ゝ
  翌/\と待たるゝうちか桜かな 白飛
 
  なくさみニわらを打也夏の月 一茶
     卯月八日
  長の日をかはく間もなし誕生仏 ゝ
  五月雨も中休ミかよ今日ハ ゝ
     病後
  ちりの身とともにふハ/\紙帳哉 ゝ
  五月雨も仕廻のはらり/\かな ゝ
 
  (改頁)      12
 
  小坐頭の天窓ニかふる扇かな ゝ
  竹の子と品よく遊へ雀の子 ゝ
  入梅睛や二軒並んて煤払ひ ゝ
     谷藤橋
  這わたる橋の下よりほとゝきす ゝ
  はつ瓜を引とらまへて寝た子哉 ゝ
     人形町
  人形に茶をはこはせて門涼ミ ゝ
  今迄ハ罸もあたらす昼寝蚊屋 ゝ
  蚊かちらりほらり是から老か世そ ゝ
  世がよくハも一ツ泊れ飯の蝿 ゝ
  夘の花に一人きりの社かな ゝ
 
  (改頁)
 
     幽栖
  虫に迄尺とられけり此はしら ゝ
    身一ツすくす迚、山家の
         やもめの哀さハ
  おの(ママ)里仕廻てとこへ田植笠 一茶
  あつはれの大わか竹そ見ぬうちに ゝ
  花つむや扇をちよいとほんのくほ ゝ
  としよりと見るや鳴蚊の耳のそハ ゝ
     戸隠山
  居風呂へ流し込たる清水かな ゝ
  此入りハとなたの菴そ苔清水 ゝ
  一ッ蚊のたまつてしくり/\かな ゝ
  其門に天窓用心ころもかえ ゝ
 
  (改頁)      13
 
  かくれ家の柱て麦を打れけり ゝ
     越後女、旅かけて商ひする哀さを
  麦秋や子を負なからいはし売 ゝ
  笋よ人の子なくハ花咲ん ゝ
  芝てした休ミ所や夏木立 ゝ
  山苔も花さく世話ハもちニけり ゝ
  孑孑の天上したり三ヶの月 ゝ
     独楽坊
  寝所見る程ハ夘花明りかな ゝ
  法の山や蛇もうき世を捨衣 ゝ
 
 
  (改頁)
 
ことしみちのくの方修行せんと、乞食袋首(ママ)かけて、小
風呂敷せなかに負たれハ、影法師ハさなから
西行らしく見へて殊勝なるに、心は雪と墨染の袖
と、思へは/\入梅晴のそらはつかしきに、今更すかた
替へるもむつかしく、夘花月十六日といふ日、久しく
寐馴れたる菴をうしろになして、二三里も
歩ミしころ、細杖をつく/\思ふに、おのれすで
に六十の坂登りつめたれハ、一期の月も西山
にかたふく命、又なからへて帰らんことも白
川の関をはる/\越る身なれは、十府の菅菰の
十に一ッもおほつかなしと案じつゝくる程に、ほとんど
心細くて、家/\の鶏の時を告ル声も、とつてかへせとよふ
     【似雲法師 
     西行に姿
     はかりハ
     似たれとも
     心ハ雪と
     すミ染
     の袖
 
     天哉子ノ迹
     ナカラ是モ歌ノ
     ヤウナレハ書
     ツケヌ
     なからへて
     帰らんことも
     白川の関を
     はる/\
     越る身
     なれハ
     一茶(上覧注記)】
 
  (改頁)      14
 
 
  (改頁)
 
やうに聞へ、畠/\の麦に風のそよ吹くも、誰そ
まねくことく覚へて、行道もしきりにすゝま
されは、とある本陰に休らひて、痩脛さすり
ツヽ詠るに、柏原ハあの山の外、雲のかゝれる下
あたりなとおしはかられて、何となく名
残りおしさに、
  思ふまし見ましとすれと我家哉 一茶
     おなし心を
  古郷に花もあらねとふむ足の
  迹へ心を引くかすみかな 仝
  あまひらをおとろかさしと青麦に
  ほとよき風の吹すくるかな 仝
 
  (改頁)      15
 
 日々懈怠ニシテ不寸陰
  けふの日も棒ふり虫よ翌も又 一茶
     無限欲有限命
  此風に不足いふ也夏坐敷 ゝ
  起/\の欲目引張る青田哉 ゝ
     心ニ思ふことを
  古郷ハ蝿迄人をさしニけり ゝ
  直き世や小銭程ても蓮の花 ゝ
  松陰や寝《ゴザ》一ツの夏坐敷 ゝ
     題童唄
  三度掻て蜻蛉とまるや夏座敷 希杖
  片息ニ成て逃入る蛍かな 一茶
     【朱文公勧
     学文 
     勿謂今日
     不トモ学而
     有来日。
     勿謂今
     年不
     而有
     年。日月逝ヌ
     矣。歳不
     我ヲ延。嗚
     呼老タリ。是
     誰カ之愆。(上覧注記)】
 
  (改頁)
 
  夕皃の花て涕て(ママ)かむおばゝ哉 一茶
  あつい迚つらて手習した子哉 ゝ
  大蛍ゆらり/\と通りけり ゝ
     田中川原如意湯ニ昼浴ミして
  なを暑し今来た山を寝て見れハ ゝ
  なむあミた仏の方より鳴蚊哉 ゝ
  とへよ蚤同し事なら蓮の上 ゝ
  かくれ家ハ蝿も小勢てくらしけり ゝ
  ひいき鵜ハ又もから身て浮ミけり ゝ
  松の蝉とこ迄鳴て昼ニなる ゝ
  今迄ハ罸もあたらす昼寝蚊屋 ゝ
  はなれ鵜か子のなく舟ニもとりけり ゝ
 
  (改頁)      16
 
 
  (改頁)
 
わか友魚渕といふ人の所に、天か下にたく
ひなき牡丹咲きたり迚、いひつききゝ
伝へて、界隈ハさら也、よそ国の人も、足を
労してわさ/\見に来るもの、日/\
おほかりき。おのれもけふ通かけに立より
侍りけるに、五間はかりに花園をしつらひ、
雨覆ひの蔀なと今様めかして
りゝしく、しろ・紅ゐ・紫、はなのさま
透間もなく開き揃ひたり。其中に
黒と黄なるハ、いひしに違はす、目をお
とろかす程めつらしく妙なるか、心をしつ
めてふたゝひ花のありさまを思ふに、ばさ
 
  (改頁)      17
 
/\として何となく見すほらしく、外
の花にたくらふれは、今を盛りのた
をやめの側に、むなしき屍を粧ひ立
て、並へおきたるやうにて、さら/\色
つやなし。是主人のわさくれに、紙も
て作りて、葉かくれにくゝりつけて、人を
化すにそありける。されと、腰かけ
台の価をむさほるためにもあらて、
たゝ日/\の群集に酒・茶つひやして
たのしむ主の心、おもひやられてしきり
にをかしくなん。
  紙屑もほたん皃そよ葉かくれに 一茶
 
  (改頁)
 
     の野送
爰らの子ともの戯に、を生なから
土に埋めて諷ふていはく、「ひきとのゝ
お死なつた。おんばくもつてとふらひに
/\/\」と口/\ニはやして、苡《オオバコ》の葉
を彼うつめたる上に打かぶせて帰りぬ。し
かるに『本草綱目』、車前艸の異名を蝦蟇
衣といふ。此国の俗、がいろつ葉とよふ。おのつから
に和漢心をおなしくすといふへし。むかし
ハかはかりのざれことさへいはれあるにや。
  夘の花もほろり/\や蟇の塚 一茶
 
  (改頁)      18
 
 
  (改頁)
 
此もの、諸越の仙人ニ飛行自在の術
ををしへ、我朝天王寺には大たゝかひに、ゆゝし
き武名を残しき。それハ昔/\のことにして、
今此治れる御代に随ひ、ともに和らきツヽ、夏
の夕暮せどに莚を広けて、「福よ/\」と呼
へは、やかて隅の藪よりのさ/\這ひよりて、
人と同しく涼む。其つら魂ひ一句いひ
たけにそありける。さる物から、長嘯子の
虫合に哥の判者ニゑらまれしハ、汝か
生涯のほまれなるへし。
  ゆうせんとして山を見る哉 一茶
  鶯にまかり出たよ引蟾 其角
 
  (改頁)      19
 
  思ふことたまつて居るか蟾 曲翆
電 一雫天窓なてけり引かへる 一茶
  そんしよそこ爰と青田のひいき哉 ゝ
  閨の蚊のぶんとはかりニ焼れけり ゝ
  鵜の真似ハ鵜より上手な子とも哉 ゝ
  寝並んて遠夕立の評義(ママ)哉 ゝ
  留主中も釣り放しなる紙帳かな ゝ
  山番の爺か祈りし清水かな ゝ
  蓮の葉に此世のハ曲りけり ゝ
  狗ニ爰へ来よとや蝉の声 ゝ
     五月廿八日
  とらか雨なと軽んじてぬれニけり ゝ
 
  (改頁)
 
しなのゝ国墨坂といふ所に、中村何かしと
いふ医師ありけり。其父のわさくれに、蛇の
つるみたるを打殺したりけるか、其夜かくれ
所の物づき/\痛ミ出して、つひニくされ
て、ころりとおちて死けるとかや。其子、親
の業をつきて三哲といふ。並ミ/\より勝れて、
ふとくたくましき松茸のやうなるもの
もちたりけり。しかるに、を迎へて始て
交りせんとする時、棒を立たるやうなる
もの、たゝちニめそ/\と小さく、灯心ニ等しく
ふハ/\として、今さらにふつと用立
ぬものから、耻しく、もとかしく、いま/\しく、
 
  (改頁)      20
 
 
  (改頁)
 
婦人を替たらましかハ、又幸あらんと、百人は
かりも、とり替へ引かえ妾をかゝえぬれと、ミな
/\前の通りなれは、狂気のことくたゝ
いらちニいらちて、今ハ独身ニてくらしけり。
かゝる事、『うち拾遺物語』其外昔双紙なと
にはかりと思ひ捨侍りけるを、今目の前に
見んとは。是かの蛇の執念に、其家血筋
たやすならんと、人/\ひそかに噂きけり。
されは生とし活るもの、蚤・虱にいたる迄、命おしき
ハ人に同しからん。ましてつるみたるを殺すハ、罪
深きわさなるへし。
  魚ともや桶ともしらて門涼ミ 一茶
  とくかすめとく/\かすめ放ち鳥
 
  (改頁)      21
 
  彼岸の蚊釈迦のまねして喰れけり 大江丸
              光俊卿
  水ふねニうきてひれふる生け鯉の
  命まつ間もせはしなの世や
              俊頼卿
  ふしつけしおとろか下に住むはへの
  心おさなき身をいかにせん
     浅間山
  昼皃やぽつぽと燃る石ころヘ 一茶
    俳諧宗雲水ニ送る
  鬼茨も添て見よ/\一凉ミ ゝ
 
  (改頁)
 
     【孟子(上覧記載)】
古ノ之為(スルハ)関ヲ也、将ニ以テ禦カント一レ暴。今之
為(スルハ)関ヲ也、将ニ以テ為一レ暴。
  関守りの灸点はやる梅の花 一茶
  人声に子を引かくす女鹿かな ゝ
  はつ蛍其手ハくはぬとひふりや ゝ
  蓮の花少曲るもうき世哉 ゝ
  隈界(ママ)のなまけ所や木下闇 ゝ
     大沼
  萍の花からのらんあの雲へ ゝ
     越後
 
  (改頁)      22
 
  柿崎やしふ/\鳴の閑古鳥 ゝ
     江戸住居
  青草も銭たけそよく門凉 ゝ
  なてしこに二文か水を浴せけり ゝ
     小金原
  母馬か番して呑す清水哉 ゝ
  風あるをもつて尊ふとし雲の峰 ゝ
  疫病神蚤も屓(ママ)せて流しけり ゝ
     茂林寺
  蝶/\のふハりととんた茶釜哉 ゝ
  桜迄悪く云はする藪蚊哉 ゝ
  蟻の道雲の峰よりつゝきけん ゝ
 
  (改頁)
 
高井郡六川郷六かハの里、山の神の森ニて
栗三ッ拾ひ来りて、庭の小隅に埋め置
たりしに、つや/\と芽を出して嬉しけなり
けるを、東隣ニて家ニ家を作り足し
ぬるからに、月日の恵ミとゝかす、雨
潤ひうとけれハ、其としやをら一尺
はかり伸ひけり。しかるを此国のならひ、
冬に成れハ東より西より、南より北より、家
の大雪をひたおとしに落し込むからに、
恰も越のしら山、一夜に兀と涌出たる
にひとしく、其山に薪水をはこふ道を作るに、
愛宕山の石檀(ママ)登るかことし。漸二三月ころ、
 
  (改頁)      23
 
おしなへて長閑なるニ、隣/\の脊戸畠ハ
青ミわたりて、花もまれ/\咲けるに、
彼山ハいまた真白妙に風冴へて、厳
寒を欺くけしきニて、やゝ夘月八日、髪
さけ虫の歌を厠に張るころ、山鶯の折
しり皃に鳴けハ、雪の消へ口より見るに、哀
なるかな、栗の木末ハ根際よりほきりと
折て仕廻ぬ。人ならは直に無常のけふり
と立昇るへきを、古根よりそろ/\
青葉吹て、かろうして一尺はかり伸けるを、
又前のことく家の雪を落し込れてほきりと
折れ、年/\折れ/\て、ことし七年の
 
  (改頁)
 
星霜を累ぬれと、花咲き実入るちからなく、
されと此世の縁尽されは、枯も果すして、
生涯一尺程にて、生て居るといふはかりなる
へし。我又さの通り、梅の魁に生れなから、
茨の遅生へに地をせはめられツヽ、鬼はゝ
山の山おろしに吹折れ/\て、晴れ/\しき
世界ニ芽を出す日ハ一日もなく、ことし
五十七年、の玉の緒の今迄切さるもふしき
也。しかるに、おのれか不運を科なき草木
に及すことの不便也けり。
  なてしこやまゝはゝ木々の日陰花 一茶
さるへき因縁ならんと思へは、くるしミも平
 
  (改頁)      24
 
生とは成りぬ。
  朝夕に覆かふさりし目の上の
  辛夷も花の盛り也けり 一茶
     其引
  子はかりの蒲団に芦の穂綿哉 山崎宗鑑
  竹の雪はらふハ風のまゝ子哉 正勝
  うつくしきまゝ子の皃の蝿打ん 紅雪
  なけゝ迚蚊さへ寝させぬまゝ子哉 未達
 貞享四丁夘哥仙
   葛の縄目をゆるされし文
  まゝ子をもいたはる嫁の名をとけて 芭蕉
 『祇園拾遺』
   下部ひそかに首埋めける
 
  (改頁)
 
  継母の又口はしる夜の雨 未達
 おく五哥仙
   山木かくれて草に血をぬる 芭蕉
   わつかなる世をまゝ母に偽られ 風流
小さき土鍋のありけるを、我腹の子にとらせて、とらせ
さりけれは、鶯の鳴をきゝてよめるとなん。
  鶯よなとさハなきそちやほしき
  小鍋やほしき母や恋しき 貫之娘
「親のない子ハとこても知れる、爪を咥へて門に立」
と子ともらニ唄はるゝも心細く、大かたの人交りもせ
すして、うらの畠ニ木・萱なと積たる片陰
に跼りて、長の日をくらしぬ。我身ながらも
哀也けり。
  我と来て遊へや親のない雀 六才弥太郎
 
  (改頁)      25
 
昔、大和国立田村にむくつけき女ありて、まゝ子
の咽を十日程ほしてより、飯を一椀見せひら
かしていふやう、「是をあの石地蔵のたべ
たらんには、汝にもとらせん」とあるに、まゝ子ハ
ひたるさたへかたく、石仏の袖にすかりて、
しか/\ねかひけるに、ふしきやな、石仏大口
明てむし/\喰ひ給ふに、さすかのまゝ母の角も
ほつきり折て、それより我うめる子と
へたてなくはこくミけるとなん。其地
蔵ほさち今ニありて、折/\の供物たへ
さりけり。
  ほた餅や藪の仏も春の風 一茶
 
  (改頁)
 
こその夏、竹植る日のころ、うき節茂き
うき世ニ生れたる娘、おろかにしてものニさと
かれ迚、名をさとゝよふ。ことし誕生日祝ふころ
ほひより、てうち/\あはゝ、天窓てん/\、
かふり/\ふりなから、おなし子ともの風車
といふものをもてるを、しきりニほしかりてむつかれ
ハ、とみニとらせけるを、やかてむしや/\しや
ふつて捨て、程の執念なく、直に外の物
に心うつりて、そこらにある茶碗を打破りツヽ、
それもたゝちニ倦て、障子のうす紙をめり
/\むしるに、「よくした/\」とほむれは誠と
 
  (改頁)      26
 
思ひ、きやら/\と笑ひて、ひたむしりにむしり
ぬ。心のうち一点の塵もなく、名月のきら/\し
く清く見ゆれは、迹なき俳優見るやうに、
なか/\心の皺を伸しぬ。又人の来りて、
「わん/\はどこに」といへは犬に指し、「かあ/\
ハ」と問へは烏にゆびさすさま、口もとより爪先
迄、愛教(ママ)こほれてあひらしく、いはゞ春の
初草に胡蝶の戯るゝよりもやさしくなん
覚へ侍る。此おさな、仏の守りし給ひけん、
《タイ》夜の夕暮に、持仏堂に蝋燭てらして《リン》
打ならせは、どこに居てもいそかハしく這よりて、
さわらびのちいさき手を合せて、「なんむ/\」
 
  (改頁)
 
と唱ふ声、しほらしく、ゆかしく、なつかしく、殊勝也。
それニつけても、おのれかしらにはいくらの霜を
いたゝき、額にはしハ/\波の寄せ来る齢ニて、
弥陀たのむすへもしらて、うか/\月日を
費やすこそ、二ッ子の手前もはつかしけれ
と思ふも、其坐を退けは、はや地獄の種を
蒔て、膝にむらかる蝿をにくみ、膳を巡る
蚊をそしりツヽ、剰仏のいましめし酒を
呑む。【是ヨリ見ルニツケツヽ迄小児ノサマ】折から門に月さしていと凉しく、外に
わらはへの踊の声のすれは、たゝちニ小椀投
捨て、片いさりにいさり出て、声を上け手真
似して、うれしけなるを見る(ママ)つけツヽ、いつしか
 
  (改頁)      27
 
かれをもふり分髪のたけになして、おとらせて
見たらんには、廿五菩薩の管絃よりも、はるか
まさりて興あるわさならんと、我身につもる
老を忘れて、うさをなんはらしける。かく
日すから、をしかの角のつかの間も、手足を
うこかさすといふ事なくて、遊ひつかれる
物から、朝は日のたける迄眠る。其うちはかり
母ハ正月と思ひ、飯焚そこら掃かたつけて、
団扇ひら/\汗をさまして、閨に泣声のするを
目の覚る相図とさため、手かしこく抱き起して、
うらの畠に尿やりて、乳房あてかえは、すハ/\
吸ひなから、むな板のあたりを打たゝきて、
 
  (改頁)
 
にこ/\笑ひ顔を作るに、母ハ長/\胎内
のくるしひも、日/\襁褓の穢らしきも、
ほと/\忘れて、衣のうらの玉を
得たるやうに、なてさすりて、一入よろこふ
ありさまなりけらし。
  蚤の迹かそへなからに添乳哉 一茶
より/\思ひ寄せたる小児をも、遊ひ連に
もと爰に集ぬ。
  柳からもゝんくあゝあと出る子哉  ゝ
  蓬莱になんむ/\といふ子哉 ゝ
  年問へは片手出す子や更衣 ゝ
     小児の行末を祝して
 
  (改頁)      28
 
  たのもしやてんつるてんの初袷 ゝ
  名月を取てくれろとなく子哉 ゝ
  子宝かきやら/\笑ふ榾火哉 ゝ
  あこか餅/\とて並へけり ゝ
  妹が子の脊負ふた形りや配餅 ゝ
  餅花の木陰にてうちあはゝ哉 ゝ
  凉風の吹く木へ縛る我子哉 ゝ
  わんはくや縛られなからよふ蛍 ゝ
     其引
  あゝ立たひとり立たることし哉 貞徳
  子にあくと申人には花もなし 芭蕉
  袴着や子の草履とる親心 子堂
 
  (改頁)
 
  花といへも一ツいへやちいさい子 羅香
  春雨や格子より出す童の手 東来
  早乙女や子のなく方へ植て行 葉捨
  折とても花の木の間のせかれ哉 其角
     はしとり初たる日
  鵙鳴や赤子の頬をすふ時に 仝
男にきらはれて、親のもとに住ミけるに、
おのか子の初節句見たくも、昼ハ人目茂けゝれハ、
  去られたる門を夜見る幟かな よみ女しらす
子を思ふ実情、さもと聞へて哀也。「《タケ》きものゝふの
心を和らくる」とは、かゝる真心をいふなるへし。いかな
る鬼男なりとも、風の便りにもきゝなは、いかてか
 
  (改頁)      29
 
ふたゝひ呼ひ帰ささらめや。
 所有畜類是レ世々ノ親族ナリとなん。親
をしたひ、子を慈む情、何そへたての
あるへきや。
  人の親の烏追けり雀の子 鬼貫
  夏山や子にあらはれて鹿の鳴 五明
  負て出て子にも鳴かする哉 東陽
  鹿の親笹吹く風にもとりけり 一茶
  小夜しくれなくハ子のない鹿に哉 ゝ
  子をかくす藪の廻りや鳴雲雀 ゝ
 
  (改頁)
 
楽しミ極りて愁ひ起るハ、うき世のならひなれと、
いまたたのしひも半はならさる千代の小松の、二葉
はかりの笑ひ盛りなる縁(ママ)り子を、寝耳に水の
おし来ることき、あら/\しき痘の神に見込れツヽ、
今水濃(ママ)のさなかなれは、やをら咲ける初花の
泥雨にしほれたるに等しく、側に見る目さへくる
しけにそありける。是も二三日経たれハ、痘ハかせくち
にて、雪解の峡土のほろ/\落るやうに、瘡蓋
といふもの取れは、祝ひはやして、さん俵法師といふを
作りて、笹湯浴せる真似かたして、神ハ送り出したれと、
益/\よはりて、きのふよりけふは頼ミすくなく、終に六月
廿一日の蕣の花と共に、此世をしほミぬ。母ハ死
 
  (改頁)      30
 
皃にすかりて、よゝ/\と泣もむへなるかな。
この期に及んてハ、行水のふたゝひ帰らす、散
花の梢にもとらぬくひことなとゝあきらめ皃
しても、思ひ切かたきハ恩愛のきつな也
けり。  の世ハの世なからさりなから 一茶
去四月十六日、みちのくにまからんと善光寺
歩ミけるを、さはる事ありて止ミぬるも、かゝる不幸
あらん迚、道祖神のとゝめ給ふならん。
     其引
   子におくれたるころ
  似た皃もあらは出て見ん一踊 落梧
   母におくれたる子の哀さに
 
  (改頁)
 
  おさな子やひとり飯くふ秋の暮 尚白
   娘を葬りける夜
  夜の鶴土ニ蒲団も着せられす 基角
   孫娘におくれて、三月三日野外に遊ふ
  宿を出て雛忘れは桃の花 猿雖
   娘身まかりけるに
  十六夜や我身にしれと月の欠 杉風
   猶子母ニ放れしころ
  柄をなめて母尋るやぬり団扇 来山
   愛子をうしなひて
  春の夢気の違はぬかうらめしい 仝
   子をうしなひて
 
  (改頁)      31
 
  蜻蛉釣りけふハとこ迄行た事か かゝ千代
やんことなき人/\の歌も、心に浮ふまゝに、ふ
としるし侍りぬ。
                         よみ人しらず
  哀也夜半に捨子の泣声ハ
   母に添寝の夢や見つらん
          為家卿
  捨て行く親したふ子の片いさり
   世に立かねて音こそなかるれ
          兼輔卿
  人の親の心ハ闇にあらねとも
   子を思ふ道に迷ひぬる哉
 
  (改頁)
 
  頌日
未タ挙サ歩時キ先ツ已ニ到ル 未タ舌ヲ時キ先説キ了ル
直‐饒著々在ルモ機先二 更須クシレ知ル有ルコトヲ向‐上ノ竅
     【著々ハ碁ノ言ハ 一手々々卜云心也(上欄注記)】
  貰ふよりはやくうしなふ扇かな 一茶
  俄川とんて見せけり鹿の親 ゝ
  大寺や扇てしれし小僧の名 ゝ
     曲物隠れてうかゝふ図
  あばれ蚊のついと古井ニ忍ひけり ゝ
     大山詣
  四五間の木太刀をかつく袷かな ゝ
  太郎冠者まかひに通る扇かな ゝ
 
  (改頁)      32
 
 
  (改頁)
 
紫の里近きあたり、とある門に、炭団程
なる黒き巣鳥をとりて、篭伏せして有り
けるに、其夜親鳥らしく、夜すから其家の上に
鳴ける哀さに、
  子を思ふ闇やかハゆい/\と
  声を烏の鳴あかすらん 一茶
盗人、おのか古郷に隠れて縛れしに、
  業の鳥罠を巡るやむら時雨 ゝ
御成り場所に、鳥ともの餌蒔をしたふ
不便さに、
  人眠き鶴よとちらに箭かあたる ゝ
  箭の下に母の乳を呑む鹿子哉 立志
 
  (改頁)      33
 
   さすかのさつ(ママ)男も髻切りしハ、かゝるおりになんありける。
おのれ住る郷ハ、おく信濃黒姫山のたら/\
下りの小隅なれハ、雪ハ夏きへて、霜ハ秋
降る物から、橘のからたちとなるのミならて、
万木千草、上々国よりうつし植るに、こと/\
く変じさるハなかりけり。
  九輪草四五りん草て仕廻けり 一茶
鎮西八郎為朝、人礫うつ所に、
  時鳥蝿虫めらもよつく聞け ゝ
  鹿の子や横にくはへし萩の花 ゝ
老翁岩に腰かけて、一軸をさつくる図に、
  我汝を待こと久しほとゝきす ゝ
 
  (改頁)
 
     幽栖
  我家に恰好鳥の鳴にけり 一茶
  二三遍人をきよくつて行蛍 ゝ
  飛蛍其手ハくハぬくハぬとや ゝ
成蹊子、こぞの冬つひに不言人と成りし
となん。鶯笠のもとより、此ころ申おこせ
たりしを、
     【史記李広伝カ賛ニ桃李不言下自成蹊(上欄注記)】
  つの国の何を申も枯木立 ゝ
  白笠を少さますや木下陰 ゝ
  まかり出たるハ此藪の蟇ニて候 ゝ
  雲を吐く口つきしたり引蟇 ゝ
  赤い葉の栄耀ニちるや夏木立 ゝ
 
  (改頁)      34
 
  稲や一切ツヽに世か直る 一茶
  石川ハくハらり稲さらり哉 ゝ
  夕霧や馬の覚へし橋の穴 ゝ
  秋風に歩て逃る蛍かな  ゝ
     二番休
  乳呑子の風よけに立かゝし哉 ゝ
     連にはくれて
  一人通ると壁に書く秋の暮 ゝ
     七月七日墓詣   
  一念仏申だけしく芒哉 ゝ
  木啄のやめて聞かよ夕木魚 ゝ
  木つゝきか目利して居る菴哉 ゝ
 
  (改頁)
 
     経堂
  虫の屁を指して笑ひ仏哉 ゝ
  得手ものゝ片足立や小田の鳫 ゝ
  山寺や椽の上なる鹿の声 ゝ
  下手笛によつくきけとやしか(ママ)声  ゝ
  茸狩のから手てもとる騒かな ゝ
     さと女卅五日 墓
  秋風やむしりたかりし赤い花 ゝ
  さをしかの喰こほしけり萩の花 ゝ
  我やうにとつさり寝たよの花 ゝ
  のらくらか遊ひかけんの夜寒哉 ゝ
  の玉つまんて見たるわらは哉 ゝ
 
  (改頁)      35
 
立よらハ大木の下迚、大家には貧しき者
の腰をかゝめて、おはむきいふもことはりに
なん。爰の諏方宮ニ、大きさ牛をかくす
栗の古木ありて、うち見たる所ハ、菓一ッ
もあらさりけるに、其下をゆきゝする人、
日/\とり得さるハなかりけり。
十五夜ハ、高井野梨本氏ニありて、
  古郷の留主居も一人月見哉 一茶
 月蝕皆既、亥七刻右方ヨリ欠、子六刻甚ク、
         丑ノ五刻左終
  人数ハ月より先へ欠ニけり ゝ
  人の世ハ月もなやませ給ひけり ゝ
 
  (改頁)
 
 
  (改頁)      36
 
  潜上ニ月の欠るを目利かな ゝ
 
  酒尽てしんの坐ニつく月見哉。 ゝ
    おのか味噌のミそ嗅をしらす
  蕎麦国のたんを切ツゝ月見哉 ゝ
    九月十六日正風院
  鍬さけて神農皃やの花 ゝ
  園や歩きなからの小盃 ゝ
  杖先て画解する也きくの花 ゝ
  入道の大鉢巻てきくの花 ゝ
  下戸菴か疵也こんなの花 ゝ
 
  (改頁)
 
     さと女笑皃して、
       夢に見へけるまゝを
  頬へたにあてなとしたる真瓜哉 一茶
  どう追れても人里を渡り鳥 ゝ
  山雀の輪秡(ママ)しなからわたりけり ゝ
  鵙の声かんにん袋きれたりな ゝ
  蟷螂や五分の魂是見よと ゝ
     高井野の高ミに上りて
  秋風や磁石ニあてる古郷山 ゝ
  行灯を松に釣して小夜砧 ゝ
  行な鳫住はとつちも秋の暮 ゝ
 
  (改頁)      37
 
     若僧の扇面に
  影法師に耻よ夜寒のむた歩き 一茶
  こんな村なんとの行か渡り鳥 白飛
  藪陰やことし酒屋のことし酒 士英
     老楽
  子ともらを心ておかむ夜寒哉 一茶
  《コオロギ》のとふや唐箕のほこり先 ゝ
  小なら縄目の耻ハなかるへし ゝ
     戸迷ひせし折からに
  小便所爰と馬よふ夜寒哉 ゝ
  喧嘩すなあひミたかひの渡り鳥。 ゝ
 
  (改頁)
 
  さをしかやゑひしてなめるけさの霜 ゝ
  狼ハ糞はかりても寒かな ゝ
  一つかみ塗樽拭ふ紅葉哉 ゝ
  むら千鳥そつと申せははつと立 ゝ
  炭の火や朝の祝義の咳はらひ ゝ
  三介か敲く木魚もしくれけり ゝ
  木からしやから呼されし按广坊 ゝ
     善光寺門前憐乞食
  重箱の銭四五文や夕時雨 ゝ
  大根引拍子ニころり小僧かな ゝ
  はつ雪の降り捨てある家尻哉 ゝ
  木からしや折介帰る寒さ橋 ゝ
 
  (改頁)      38
 
  菜畠を通してくれる十夜哉 一茶
  雪ちるやおとけもいへぬしなの空 ゝ
  能なしは罪も又なし冬篭 ゝ
     強盗はやり
        けれは
  張番ニ菴とられけり夜の霜 ゝ
  彼是といふも当坐そ雪仏 ゝ
  お袋かお福手ちきる指南哉 ゝ
  餅搗か隣へ来たといふ子哉 ゝ
     餅花
  かまけるな柳の枝にもちかなる ゝ
  子のまねを親もする也節き候 ゝ
 
  (改頁)
 
    東に下らんとして、中途
    迄出たるに 
  椋鳥と人ニ呼るゝ寒かな 一茶
    護持院原
  木からしや廿四文の遊女小屋 ゝ
     両国橋
  寒垢離ニせなかの竜の披哉 ゝ
    かも川をわたらしとちかひし
    人さへあるに、ひと度篭り
    し深山を下りて、しら髪
    つむりを吹れツゝ、名利の地に交る。
  はつかしやまかり出てとる
          江戸のとし ゝ
 
  (改頁)      39
 
  其迹ハ子ともの声や鬼やらひ 一茶
   小人閑居シテ成不善
  冬篭り悪く物喰を習けり ゝ
   廿一日節分
  一声に此世の鬼ハ逃るよな ゝ
  けふからハ正月分ンそ麦の色 ゝ
     札納
  梅の木や御祓箱を負なから ゝ
     廿七日晴
坊守り、朝とく起て飯を焚ける折から、東
隣の園右衛門といふ者の餅搗なれは、
「例之通り来たるへし。冷てはあしかりなん。
 
  (改頁)
 
ほか/\湯けふりの立うち賞翫せよ」と
いふからに、今や/\と待にまちて、飯ハ
氷りのことく冷へて、餅ハつひに
            来すなりぬ。
  我門へ来さうにしたり配餅 一茶
 
他力信心/\と、一向に他力にちからを入て
頼ミ込ミ候輩ハ、つひに他力縄に縛れて、
自力地獄の炎の中へほたんとおち入候。其次
に、かゝるきたなき土凡夫を、うつくしき黄金
の膚になしくたされと、阿弥陀仏におし
誂へに誂はなしにしておいて、はや五体
ハ仏染ミ成りたるやうに悪るすましなるも、
 
  (改頁)      40
 
自力の張本人たるへく候。問ていはく、いか様
に心得たらんには、御流義に叶ひ侍りなん。
答ていはく、別に小むつかしき子細ハ不存候。
たゞ自力他力、何のかのいふ芥もくたを、さらり
とちくらか沖へ流して、さて後生の一大事
ハ、其身を如来の御前に投出して、地獄なり
とも極楽なりとも、あなた様の御はからひ
次第、あそはされくたさりませと、御頼ミ申
はかり也。如斯決定しての上には、なむ阿
ミた仏といふ口の下より、欲の網をはるの
野に、手長蜘の行ひして、人の目を霞め、
世渡る鳫のかりそめにも、我田へ水を引
 
  (改頁)
 
く盗ミ心をゆめ/\持へからす。しかる時ハ、
あなかち作り声して念仏申ニ不及、ねか
はすとも仏は守り給ふへし。是則当流
の安心とは申也。穴かしこ。
             五十七齢
   ともかくもあなた任せのとしの暮 一茶
  文政二年十二月廿九日
     【親鸞上人
     隔ヌル地獄
     極楽ヨク
     キケバ只一念ノ
     シハサ也ケリ(上欄注記)】
 
  (改頁)      41
 
 
  (改頁)
 
此一巻や、しなのゝ俳諧寺
一茶
なるものゝ草稿にして、
風調晒々落々今杜をなす。
こや寸毫も晒落にあらす、
しかもよく仏離祖室を
 
  (改頁)      42
 
うかゝひ、さる法師かつれ/\も
あやからす、一休・白隠は猶
しかなり。手ふりハおのれか
手ふりにして、あか翁の
細ミをたとり、敢て世塵を
 
  (改頁)
 
厭す、人情またやるかたなし。
悪我此外に何をかいはむ。
嘉永四辛の亥春彼岸
仲日 瓢界四山人しるす
(印)(印)
 
  (改頁)      43
 
かの岸も
 さくら咲日と
  なりにけり
 
  (改頁)
 
     脇起誹諧連歌
  元日や上々吉の浅黄空 一茶居士
   むつくり起にくゝる門松 一之
  惣領の凧に次郎も加勢して 逸淵
   からすおとしの鎌のいらたつ 詠久
  ものほしへ月見道具をかさり付 西馬
   おつとりまいて蕎麦すゝる音 弘湖
 
  (改頁)      44
 
  十人か九人はしらぬ牛祭り 半湖
   おとけはなしに道のはかとる 松室
  温泉もとりの折から不意の出来心 銀岱
   あつけた先て姪かかしつく 和春
  幾軒もおなし暖簾の糸屋町 潮堂
   吹雪のあとの鐘しつかなり 完和
  冴る月洗ふ葱のともひかり 生々
   軽篭仲間の小無尽を取る 梅塵
 
  (改頁)
 
  此頃は耳のほめきも遠のいて 鳥霞
   寄かゝるにハ都合よい壁 迎祥
  花残るわか葉に酒も呑ならひ 梅笠
   諏訪の水鶏のかすミ行影 蓑一
     右一順
 
  見おろした柳見あくる泊りかな 京 梅室
  柴舟に寄そふ鳰やはるの雨 梅通
 
  (改頁)      45
 
  何処やらになしミある野のすミれかな 有節
  出代りやあまりにはやき旅すかた 禾明
  鶏聞て万歳這入る木の間かな 九起
  雪も地におかぬ往来や若夷 ナニハ 鼎左
  はつ花や折られぬ幹に梅の花 其山
  咲ぬ樹も大分見えて山さくら ヲハリ 而后
  明しらむ星ハことしのひかりかな 黄山
  声々に都へむくやはつからす アハ 鳳棲
 
  (改頁)
 
  わか菜つミけふよりはるのゆるミ哉 茶雷
  帰る気の見えても久し小田の鴈 トサ 古鳳
  翌をまつ間に鶯の高音かな 雲外
  礒菜つむ手にさゝ波のそはへけり イヨ 鶯居
  浪に手を洗ふて帰る子日かな オク 舎用
  ひた/\と雪解の草の青ミけり 一止
  老たちの出る夜となれは朧月 たよ女
  山々のわらひさそふや松の声 テ」ハ 御風
 
  (改頁)      46
 
  夜咄しや蚤に寝ぬ眼を持なから エチコ 乙良
  はたか木のぬれて明たつ霞かな 鷺眠
  さほひめをうかゝふ嶌のわら家かな 水溪
  梅白し雪は空から消て降る 如水
  香を伝にうめを尋る闇夜かな 一得
  花に手のとゝく樹ハなし原の梅 千布
  花の雪それさへ終に消にけり 梅二
  田へ出てさわく鴎や風かすむ  大経
 
  (改頁)
 
  うきいてゝミゆる月夜のさくら哉 茶山
  山かけや昼の月にも啼かはつ ヱツ中 旭芝
  漣に遠くしらむやうめの花 恕兮
  咲たわむ花の重ミや朝くもり 三山
  撫て見る膝のしめりや夜の花 蘭圃
  身のぬくミ雨にうたせて帰る鴈 梅人
  鶯や三声四声て往にかまひ カヽ 大夢
  懸鯛のめにさへはるのひかり哉 卓丈
 
  (改頁)      47
 
  声おくるやうに田毎のかはつかな 柳壺
  黄鳥に着替て出たり曠小袖 江波
  葉のかちて折透のなき椿かな サカミ 立宇
  仰山に吹ハ吹てもはるの風 貞止
  散とまる花やほのかに水のおと ヒタチ 紫山
  わらの香のはつ日にほめく戸口かな 李郷女
  井さらひの水さへ梅のなかれかな 上毛 分尾
  蜑の子も鳥も囀る日ころかな 米室
 
  (改頁)
 
  肱まくらそれにもあるや花のはる 梅雄
  笑ふやらこちら向きけり筑波山 未白
  月日よりうとき花なれ木蓮花 臥鶴
  雨わひる志賀の旅寝や鮒鱠 一朗
  いらぬ灯もともしてあるや薺の夜 琴堂
  鴬や東風ふく耳に手をかさす 鹿鳴
  はる雨や人につき来る野の匂ひ 竹煙
  年礼や生れかハりし悪太郎 下毛 桃僊
 
  (改頁)      48
 
  黄鳥の音にしる谷のふかさかな 布巣
  はつ鶏の声にしつまる街かな ムサシ 大齢
  浸しおく水に芽をふく山葵哉 其椎
  誉やうも見るたひ変る柳かな 天由
  掃そめや数奇屋かゝりの玉襷 《ブン》平
  ひとすちにかきらぬ道や御忌詣 南々
  江の水のむかふしらミや梅の花 凉花
  蓬莱にかけて置けり母子くさ 竹山
 
  (改頁)
 
  夕たちにぬれぬ処や春の雨 江戸 四山
  元日にそむくものなし朝けしき 可川
  摘えらミして嵩のなき木の芽哉 生々
  蝶の舞ふかたからかわく畑かな 机友
  わたくしにうこく日はなき柳かな 靖夫
  山さとや日のあるうちに梅の月 介于
  封きらぬうち先うれし懸想文 笠山
  梅咲て月の広かる小庭かな 梅月女
 
  (改頁)      49
 
  こゝろほと伸ぬ睦月の日脚かな 左波
  西ひかしいつれをとハむはなの雲 井
  今栽た木の根におくや花すミれ 柏堂
  切凧のミゆるまて見て泣子かな 克明
  鶯の朝来て啼木知れに鳧 相我
  寄るなミをミて居るさまや春の鳥 雲水 玄子
  花の中楓もゆるそいそかしき 波同
  こゝろよくやれはまた来つ梅貰ひ 立器
 
  (改頁)
 
  鶯や雨になれたる朝の声 墨芳
  たいらミのあれは山路も揚雲雀 五八九
  薄いのにけつく奥あるかすみ哉 蓑一
  兎もすると如月の星冴にけり 樊弟
  夜は夜の遊ひありけり花の春 蒼布
  日のさして消ぬ風情や梅の雪 銀岱
  人の見る柳にしたるさし木かな 田禾
  万歳やふるきすかたのめつらしき 可大
 
  (改頁)      50
 
  鳴た皃そゝいてはうくかはつかな 梅笠
   風のひかりにかわく細道 一之
  鞦韆のおさななしミの家訪ふて 笠
   下戸と上戸にとりわける菜 之
  鹿笛のうたくちしめす月の影 笠
   莟ほつ/\ミゆるあさかほ 之
 
  (改頁)
 
  霜に野水か庭も思ひ出し 笠
   蹴あけの泥に羽織よこるゝ 之
  巣鴨より冬かれ早き雑司か谷 笠
   玄猪の餅をくはる店内  之
  告くちもしたけに狆の気をもミて 笠
   乳母かしらきる顔のをかしさ 之
  油筒ふいた反古よむ月あかり 笠
   浜の野分にたかぬ塩竃 之
 
  (改頁)      51
 
  放下師か着込の箔のうそ寒く 笠
   箒の先へかゝる粒銭 之
  花七日気もなくくれて山洗ひ 笠
   燕帰る里の門々 之
 
  知り安き人のこゝろや花の春 一具
  柴垣やほかまてもなし初霞 由誓
  まほろしやまだ見ぬ方の花も添 抱儀
 
  (改頁)
 
  春風の吹もさためす二日月 遅流
  日もそふてかはらす来るや窓の春 詠久
  地に空にかけおく柳々かな 雄太
  後先にきくや羽音と雉子の声 一水
  水にかけしたしき空のはしめ哉 祖郷
  鴬や月の黄昏やゝしはし 得蕪
  数有て深山木めかぬ柳かな 古山
  引替て降るを庵の梅見哉 見外
 
  (改頁)      52
 
  かつくりと下り込里の柳かな 念々
  黄鳥にとゝのふ睦月こゝろかな 等栽
  神の灯や餝に通ふ嫁か君 幻外
  元日は眠いさなかを夜あけたり 叩月
  雑木まて色こきませて遠柳 為山
  苔むせと香のたしか也礒の梅 卓郎
  福わらや香もたつはかり日の当る 草宇
  いたいけな莟もちたる薊かな 潮堂
 
  (改頁)
 
  遠しともせぬ海山や着衣はしめ 松什
  吹あける香にしられけり岨の梅 氷壼
  なかれ来る柴にも海苔のつく日哉 万古
  根通りは朧に見えて春の山 波鴎
  けふにあふ身の早起や日のはしめ 不染
  海ミえて猶口こもるさくら哉 松室
  声もちて松も夜明る余寒かな 波平
  転寝や蚕しまふ夜の酔心 素交
 
  (改頁)      53
 
  雪霜におほれぬいろのすミれ哉 故《ガイ》
  つきなからとひこたへする手鞠哉 薫道
  月と日に起ふしかはる巣鳥かな 弘湖
  はつ花のうつふきかちに咲にけり 半湖
     田家眺望
  雉子なくやミとりをふくむ朝煙り 梅笠
     隅田漫興
  夜のはるのさかりになりぬ朧月 西馬
 
  (改頁)
 
    去年をゝしミことしをまつに、
    誰々も枕を忘れて、元日の夜は殊に
    いきたなけれは
  人は寢てそちかはるなり嫁か君 逸淵
 
  鶯の朝かけうつる塗戸かな 一之
   冴かへる日の多いきさらき 迎祥
  芽もとかぬうちに接穂の手誉して 鳥霞
   市のほこりをはらふ履もの 之
 
  (改頁)      54
 
  荷をわけて艀下へはこふくれの月 祥
   角力にかりる普請場の跡 霞
  棚経はミなそこ/\にしてはしり 之
   はなしもならぬ椽の見通し 祥
  臍の緒に知れた生れのはつかしく 霞
   若竹そよく音におくある 之
  教授家へ炙のひまをこひにやり 祥
   宮の支配てとまる川かけ 霞
 
  (改頁)
 
  月よりも高うすミきる空の色 之
   寐酒のさむる鐘のやゝ寒 祥
  うらかれのとり分早きあらしやま 霞
   捨たもしらす遊ふ鶏 之
  こゝろあふ友を旅路の花にして 祥
   にまきれぬすミれゆかしき 霞
 
 
  (改頁)      55
 
  若水や手早にくむもあとおもひ 信 葛古
  人声にふりむく鹿や朝かすみ 圭布
  深入は結句さひしや花の中 静一
  はつ/\にさくや老樹のはな配り 照樹
  薺粥芹ひといろのにほひかな 三都里
  鳴る凧のこなたにすむや松の声 雪蓑
  夜さくらやわりなき皃の人通り 木鵞
  ひとつ居てよふ声や舟の猫 雪頂
 
  (改頁)
 
  さひしさに掴んて見たり落椿 士芳
  うこかねは見る気ののらぬ柳かな 二芳
  行はるや葉かけにのこる花の蘂 梅軒
  散立た花や下枝は葉に移る 橘茶
  はつてふのかけかさす也水のうへ 長荘
  膝による猫の舐らす屠蘓の漏 文潮
  山吹やひとつなかれを幾わたり 楚水
  燃しふる松葉のかさやはるの月 真砂
 
  (改頁)      56
 
  爪先の冷つく朝や山さくら 栄李
  水音にわかれてさひし藤の花 よし丸
  朝虹の薄らきにそふかすみかな 竹雨
  かそへねと彼岸はちかし水の音 志徳
  土からによらぬ花さくすミれかな 左右太
  都合よき家のかさりや恵方棚 常艸
  吹よとむ山ふところやかせかすむ 鶯室
  わか芝やはし折るほとの藪もある 雲裳女
 
  (改頁)
 
  雪とけて世に憂事もなかりけり 其秋
  薊さく野を庭に見る小家かな 南中
  日かな吹たけのゆるミやはるの風 かと丸
  何の気もなくて立よる柳かな 快
  月遠く余寒の海のひかりかな 
  淡ゆきや青ミ引出す桃の枝 白也
  觜洗ふ鳥にも水のぬるみけり 文耕
  さほ川のきさらき淋し千鳥減る 自然
 
  (改頁)      57
 
  はつ午の海はしつかな入日かな 吾山
  しら梅に烏芋商ふ戸口かな 蠖堂
  なかゝりし春の名残をけふやしる 一朗
  青柳や空をはなるゝ空のいろ 顧三
  たまに来してふ追なくすすゝめ哉 蒿斎
  一すちの綱に老けりさるまハし 籟士
  めき/\と山ははれたる二月哉 荘茂
  芹つむやはかまなからの礼かへり 嬌雨
 
  (改頁)
 
  塵払ふうめもはつ日の匂ひかな 蘭児
  盗まれた日かさかり也宿のはな 其峰
  梅見えて奥ある里のけふり哉 梅好
  はつ空やきのふなからの空のいろ 五泉
  漣に白根ミせけり芹の伸 穴蟹
  てふひとつあふなけに来るなかれ哉 正斎
  咲まてにしてもらひけり福寿草 可咲
  青柳やあやとりとけて日のくるゝ 貞林
 
  (改頁)      58
 
  約束の客ははつれてうめのはな 都邑
  野の末に轡きこゆるかすみかな 蒼孤
  黄鳥や初手に朝日のとゝく枝 花郷
  汲あけた釣瓶もはるのけふりかな 笠仙
  手ぬくひにつゝんて来たりはつ若葉 砕月
  川筋やてふ舞ふ中の薄けふり 梅児
  やゝ幾日塵なき海や春のおと 朝嵐
  畑ミちや日はつら/\と萌る草 竜雄
 
  (改頁)
 
  しらうめやしめり持たる土のいろ 精二
  隣にも誉る声する雛かな 鵑村
  きさらきのめにたつ沖のくもりかな 可厚
  寝こゝろの江に広かるやはつ 丿左
  雉子啼て夕山かすミさめにけり 吾仏
  はるの夜とおもふに寒し庵の月 都久裳
     題孤山放鶴図
  珍らしき鶴の高音や梅のそら 迎祥
 
  (改頁)      59
 
 
  白魚にいやしきハ灯のひかり哉 生々
   寝さめうれしき春の雨音 一之
   藪入のはなし羽をりを家つとに 梅塵
  俵にしたる秣うつくし 生
  はつ/\に温泉けふりかゝる昼の月 之
   また生て居る突たての鴫 塵
 
  (改頁)
 
 
  春の水遊ひかてらになかれけり 古 蘭膓
  鴬や竹の下ミち風のふく 吐仏
  永き日のミゆる机のほこり哉 梅堂
  傘かりた礼にして行接穂哉 扇
  鎌鍛冶の入囗せはきやなきかな 只遊
  入相のかねをさくらのいのち哉 昔々
    古人の遺吟を拾うて因にこゝに
    あく
 
  (改頁)      60
 
  朽木にも陽炎のたつ山路かな 一陽
  ほつちりと白しはしめて咲た梅 素梅
  折かけて馬から下りるさくら哉 箕升
  黄鳥を聞殖したる月日かな 松厳
  なかれ来る木にもミゆるや別れ霜 之笠
  吹あれし笹原山や梅のはな 喜水
  行はるや麦の風きく夕こゝろ 朝烏
  はつ東風や都に近き畑の中 雲鳥
 
  (改頁)
 
  我にのミものいはせけり山さくら 五風
  わか畑としらすにとふやわか菜摘 其風
  花の中柏の古葉落にけり 樵歌
  湖の広きもしらす這ふ田螺 白彦
  天津空冨士もことしとなりにけり 完和
    花の降日はうかるゝといへるも、けに
       昇平の恩光ならんか。
  看経の手先もはなのほめき哉 鳥霞
 
  (改頁)      61
 
  蓬莱をいたゝいてたつ同者かな 和春
     老懐
  草萌もよそにのミ見てたつ日哉 梅塵
 
  眼にミゆる風のひかりや東窓 一之
 
   嘉永壬子春
 
 
 
  (改頁)
 
惟然坊は元録(ママ)の一畸人にして、
一茶坊ハ今世の一奇人也。そか
発句のをかしミハ人々の口碑に
残りて、世のかたり草になるといへとも、
たゝに俳諧の皮肉にして、此坊か
本旨にハあらさるへし。中野のさと
一之か家に秘めおける一巻物や、
 
  (改頁)      62
 
され言に淋しミをふくミ、可笑ミに
あはれを尽して、人情・世態・無常・
観想残す処なし。もし百六十
年のむかしに在て、祖翁の過眼を
得むにハ、惟然の兄とやのたまはんか、
弟とや申し玉はむか。
                 惺庵西馬(印)
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