化育社が津軽産業会として活動するまでの経緯は既に見た(本書第一章第三節)。明治二十二年(一八八九)市制施行に当たり、旧来の郡は財産を処分したが、一郡連合会は津軽産業会に補助金を与えるとともに、書籍、器械、器具を移譲した。
津軽産業会は一時、その建物を火災に遭った東奥義塾に貸与したが、返却後、これを利用して地方物産品評会を開いた。なお、明治二十五年(一八九二)から翌年にかけては、やはり校舎を焼失した尋常中学校に建物を貸与している。また、名士の来遊も多く、明治二十六年には全国的な地方産業振興運動の指導者であった前田正名が招待されて、実業の談話を行った。
なお、明治三十二年(一八九九)時点での津軽産業会の定款と役員は次のとおりである。
津軽産業会定款
第一章 目的
第一条 本会の目的は汎く農工商諸業の利得損失を討議し智識を交換し地方物産の振興改良を図るにあり
第二章 名称
第二条 本会の名称を津軽産業会と称す
第三章 事務所
第三条 本会の事務所は弘前市大字本町一番地とす
第四章 会員資格
第四条 会員を別て名誉特別通常通信の四種とす
一 名誉会員は学識名望ある人を本会の意見を以て請ふて入会せしむるを云ふ尤も該員は本会議事可否の数に入らさるものとす
一 特別会員は多年本会の為めに協力せしものを本会の決議を以て推挙するを云ふ尤も該員は常議員会及総会に出席して可否の数に入ることを得
一 通常会員は本会の規定に従ひ会費を負担するを云ふ
一 通信会員は遠隔の地に住する会員を云ふ
第五条 何人を問はす第六条の手続を為し本会の承諾を得会員簿に署名捺印したる者は通常及通信会員たるを得るものとす
第五章 会員入退手続
第六条 入会せんと欲するものは住所身分氏名を記し会員二名の保証を立て本会に申込み承諾を得へし
第七条 退会せんと欲するものは其事由を書し会員証を添へ本会に届け出へし
但其年に係る会費金は還戻せさるものとす
第八条 会員入退ある毎に其姓名を記し通常会の都度報告するものとす
第六章 理事常議員撰挙並職制
第九条 本会の事務を処理する為めに通常会員の互撰を以て理事十名常議員三十五名を撰定するものとす
第十条 理事は互撰を以て事務の分担を定むること左の如し
理事長 一名
平常本会の事務を総理し議事の時は議長たるへし
理事副長 一名
会長を補佐し会長事故ある時は会務を代理す
記録 四名 会計 四名
記録は本会一切の庶務に任す会計は出納の事務を管す
但正副理事長事故あるときは年長者順次代理するものとす理事は常議員会に出席し討論可否の数に入るものとす
理事の任期は満三ヶ年とす満期に至れは其年総会に於て改撰す
第十一条 常議員の任期を満二ヶ年とす毎年総会に於て其半数を改撰するものとす
但再撰するも妨けなし
第十二条 常議員会は左の事件を議決し必要ある毎に理事長之を召集す
一 本会事務施行に関する方法
一 金額一時五円以上三十円未満の臨時支出をなすこと
一 本会資産の管理及貸与に関する方法
一 総会に提出の議案
第七章 集会
第十三条 集会を別て総会通常会臨時会の三種とす
第十四条 総会は毎年一月会員一同会合し理事(満期及補欠撰挙の場合)常議員を撰定し年報を撿し予算決算を協議する等其他本会に関する重要の条件を議定するものとす
第十五条 通常会は毎月第一日曜日に之れを開き本会の目的に対せる各自の意見及経験を談話し或は質問に答ふるものとす
但開会時刻は午后一時より四時迄とす
第十六条 臨時会は会員拾名以上の請求あるか又は理事長の意見を以て開会必用と認めたる場合に際し臨時開会するものとす
第八章 会費及維持方法
第十七条 会費は一ヶ年一名に付金二十銭とし毎年一月十月中二度に之れを納むへし若し納金の督促をなすも納めさるものは総会の決議を経て除名することあるへし
第十八条 本会は会費及寄附金を以て維持するものとす
第九章 議事
第十九条 本会議事の可否は多数を以て決するものとす
第二十条 一且否決したる事件は同年度に於て再ひ提出する事を得す
第十章 雑件
第廿一条 毎年十月廿日より廿四日迄五日間物産品評会を開設し優劣を審査するものとす
但該会に関する規則及ひ手続等は常議員会に於て議定するものとす
第廿二条 品評会の役員は更に撰挙を要せす本会常議員に嘱托するものとす
第廿三条 本会は物品陳列場を設置し他の縦覧を許し且該場に於て各自の産物製品を販売するに便なる方法を設立するものとす
第廿四条 本会に於て適宜演説会を開設することあるへし
第十一章 附則
第廿五条 本定款は通常会員半数以上の同意あるにあらされは変更せさるものとす
明治三十六年(一九〇三)に津軽産業会は部会設置規程を設けた。その内容は次のとおりである。
部会設置規程
第一条 本会定款第一条の目的を貫徹せんか為めに本会内に左の部会を設置す
農業部 蚕糸部 牧畜部 果実部 染織部 漆器部
第二条 部会員は本会員に限る
第三条 部会は其部門に関する研究調査をなし之れか実行を促し之れか誘導に任するの方法は案を具して本会に致すへし
第四条 各部会の内則は各部之れを制定し本会に報告すへきものとす
第五条 部会に要する筆墨紙及茶炭等は本会の処弁に属すと雖とも部会自身に要する其他の費用は各部会の負担とす
第六条 各部会は其会務を所理する為めに部長一名主事二名を撰定す可し
部長は部会を総理す主事は庶務に任し部長事故あるときは年長者代理すへきものとす
(右三十六年一月通常総会決議)
(『津軽産業会報』三)
この件は、同年一月十一日に開催された総会で、提案のとおり、満場一致で可決された。津軽産業会の定款第一条は、地方物産の振興、改良を目指し、農工商諸業の利害得失を討議することなどを明示しているが、同会の活動の中心は創立以来農業が中心であった。しかし、日清戦後期に至り、工業や商業などの広範な産業振興のための部会設置に至ったのである。
ところで、明治三十五年(一九〇二)は凶作であった。『津軽産業会報』は翌年一月に次のように論じている。
嗚呼明治三十五年は如何なる厄年か、春来天候順を失ひ、暑気低弱にして昇度せす、薄冷久しく続きて、妖雨蒼天を閉さしたるのみならす、強風屡々吹き荒みて、凡百の農作物を襲害し、寒心なる最後を以て、我か実業界を災しぬ、而かも明治二年の凶荒以来、未た見さる所の不作を以て秋収を減せぬ、されは歳末に至りては、上下の恐慌一方ならす、細民食に窮して救済を訴ふること頻々たれは、本県の全郡は早く既に元禄天明の往時を追想したりき、かゝる不吉なる喧擾の間に、此の忌はしき三十五年を送り去りて、新に明治三十六年の陽光を迎へたりしも、既に恐慌に続くに恐慌を以てしたる、歳余のことにしあれは、何となく活気なくして諸業沈静の異彩を表し、従つて工業振はす、商業賑かならす、噫……斯くして一月一日を迎えへたる、本年は新歳の慶賀は幾分か節略をなすに至りぬと雖とも、本会員は例により午前九時を期して本会場に参集して年賀の式を行ひたり
(同前)
このような事態に対して、次のような凶作対策の意見が総会で出された。
凶作救済に対する意見
一、官林開放の事
一、藁細工を奨励せしむること
一、勤倹節約を励行すること
一、雑食品を選定して一般の食用たらしむべきこと
一、官林開放の事
古来旧藩に於ける歴史に徴するも凡て凶作に際すれば一般の官山を開放して副産物を初め根柴刈取を許容し来りたる慣習あるを以て此際主要物を扣(こう)除して副産物を自由に採取せしむるは凶作に対する唯一の救済法たるを確信す
一、藁細工を奨励せしむること
主要の農作物既に不熟に終れり其生計を補ふに於て更らに方法を参劃(かく)せざるべからず於是起る所の問題は手工是なりとす然れとも濫りに製作を勧奨するを知りて販売の途を極めさるは終始を完ふするものと言ふべからず本会窃かに此点に考按を廻らすこと切なり幸に弘前市代官町弘盛合資会社は曲物、藁細工物を取扱ひ多年北海道其他に向つて輸出をなし居りしを以て同社に就き販路の如何を詮するに同社員の談する所頗る要領を得たり曰く地方従来の藁細工は粗製濫造の結果北海道を始め他に向つて毫厘の価値なき境遇に坐せり若し精製宜しきを得は北海道には多くの顧客を有するを以て会社の示す所の見本通りに凡ての細工物を製作せば其販路は容易するのみならず数万円にても会社之れを買占めんとのことなりし故に本会は近く中郡の各農家に奨励するに本項の藁細工を以てし而して仝会社をして販売の主人たらしめ大に斯業により凶作の不稔を補填する必要を誘起するの当然なるを確認せり
一、勤倹節約を励行すること
降雨の後家屋を繕ひ盗賊を捕へて縄を綯(な)ふの感なき能はさるも勉めて奢侈の弊風を防止し勤倹を以て生計及ひ交際上に処し冗費を誡飾し麗衣を粧(よそお)ふことを厳禁すべきは勿論驕りケ間敷酒宴等は一切相催せす若し交際上右の費を支出する場合ありとせば断じて窮民救助費に投すへし凶作に際し一般の心得となすへき要務なりと確信す
一、雑食品を選定して一般の食用たらしむべきこと
山野に生茂する雑草中古来食用に供せらるゝもの多し雪消後若芽のときは凡て医師をして分析せしめ害毒の有無を判定し大に雑食を勧むべし古来よりの云伝偏信し濫りに草食せしむるは或は一種の病源を醸すの虞なくにあらず依て害の有無を調査するの必要ありとす
(同前)
このような対策を実行する方法も議論された。それは次のようなものである。
また、こうした対策を行うためにいっそうの調査が必要であるので、臨時委員を五人選出することが工藤長左衛門から提案され、満場一致で承認された。臨時委員は次のとおりであった。
小野貞助 佐藤喜一郎 桜庭又藏
中畑清八郎 成田果(同前)
津軽産業会は、明治三十三年(一九〇〇)に、県に対して物産陳列館設立のための補助金下付を願い出たが認められなかった(資料近・現代1No.四〇二)。しかし、弘前倶楽部と命名された施設を所有しており、その有効活用を図った。明治三十六年(一九〇三)に決定された弘前倶楽部の使用申込者承諾手続は次のものである。
弘前倶楽部使用申込者承諾手続
第一条 弘前倶楽部使用の申込あるときは書記長左の各項を調査し不都合なきときは承諾を与ふへし
一 申込者の成年なるや否や
二 申込者の無限責任者としての成否
三 集会の目的
四 其員数及申込の室
第二条 書記長は承諾を与へたるときは成規の手続を履行し其使用せしむるの初期と其終了の場合に於て立会検査し若し破損其他の行為ありたるときは之に向て其賠償を請求すべし
第三条 書記長は左の各項に該当するの集会には承諾を与へさるものとす
一 法律上禁令に係る集会
二 夜間に渉り宴会を開くの集会
三 撃剣又は其他手荒き所業を為すの集会
四 営業的興行物及通券料を要する演舌幻燈会
但公務上に関する諭達又は勧誘的のもの及ひ法人若くは協会組合にしてその会員の為にする演舌幻燈会は此の限りにあらす
第四条 書記長は使用規則に基き使用の承諾をなしたる後異状あるときは詳細顛末を本会日誌に明記すへし
尚異状なきものと雖とも其処分の成行を記録し置くへきものとす
第五条 書記長は其施行に係る事項を毎月総括し理事会に報告し理事長の検認を経へきものとす
第六条 書記長は一ヶ月以上に渉り使用の申込あるときは理事長に申報し常議員会を開き其諾否を議定したる後処置すへし
第七条 本倶楽部建設以来何等の関係なきものに使用を承諾したるときは左の使用料を徴収するものとす
一日に付全部金二円 二階金八拾銭
三十畳及二十八畳間金五拾銭
八畳間金弐拾銭
(右三十六年二月常議員会決議)
(『津軽産業会報』三)