[翻刻]

  戸隠善光寺往来      4
内々承候得は、御母公
多年之御心願ニ而、今
般信州善光寺
貴辺御倡行之由、御弱
 
   (改頁)
 
年ニ不似合莫太之御
孝行、感慨不少候。僕
先年戸隠山参詣
之砌、道路之荒増記
行ニ留置候間、為御心
 
   (改頁)      5
 
得申進候。者抑夘月
上旬明まだき、鶯の音に
誘れ、夘の花の雪踏
分候而、柴の戸を立出、
本郷通追分より巣
 
   (改頁)
 
鴨町を過り、庚申塚ニ
休足いたし、板橋の駅
を経て、戸田の渉に羽
黒之社を令遙拝、蕨、
浦和より大宮権現を
 
   (改頁)      6
 
打過、上尾宿、桶川宿
鴻巣より熊谷迄は四
里八町之間ニ而、当中に
吹上之建場有之。土手
之内十八町、久下村を過、
 
   (改頁)
 
熊谷蓮生之旧跡、
深谷傍示堂ハ武上
両国之境之由。夲庄、
神奈川打渉、新町
倉賀野を経候而、高崎
 
   (改頁)      7
 
宿は越後路又は伊
香保、草津之別れ道
有之。自後板鼻、安中
駅ニは妙義道右之方ニ而、
松井田、坂本ハ臼井峠之
 
   (改頁)
 
麓、熊野権現の社は
信上之境ニ鎮座有。
井沢
、平葉之原、沓掛、
追分は、信濃なる浅間
山与詠し裾野之駅ニ而、
 
   (改頁)      8
 
直に行は京街道木
曽道、左之方小諸
出候得は、善光寺
北国往還也。田中
を打過、上田の町、
 
   (改頁)
 
夫より坂木、戸倉、屋代之渉
より姨捨山長楽寺、
冠山抔被見渡、絶景
難述言語。丹波嶋
往時甲越之戦場、斎
 
   (改頁)      9
 
川を打越、善光寺町ニ
杖を止見候得ハ、商家
泊軒を交、殊ニ繁昌の
地令驚歎、仏都之光
景左茂可有歟。夫善
 
   (改頁)
 
光寺之来由ハ、欽明
天皇
十三年、本尊如
来従百済雖渡来、
敢而信者無之。推古天皇
十年草創而、伊奈郡
 
   (改頁)      10
 
麻績里宇沼村ニ建
寺。其后皇極天皇
元年、仍而仏勅水内
郡ニ建立有。本願は
田善光
。因茲為寺号。
 
   (改頁)
 
寔ニ天然不可思議之
霊仏、利益尤も著明。
聖徳太子、如来与往
復之書通、詩哥之応
答有之事、『風雅集』
 
   (改頁)      11
 
『埃嚢抄』之小史ニ茂
有之。堂塔之荘厳ハ
無比類、海内無双之
霊場、詣人挙而垂渇
仰之頭、信念不怠。戒
 
   (改頁)
 
壇之玄妙又絶綸也。
且未明毎ニ夲尊開扉
有之、旅泊之詣人堂中ニ
充満而、称名念誦如
潮涌、雖無智短才之
 
   (改頁)      12
 
卑俗、不催感涙は無
之様被思、実ニ難有申計
者無之候。僕自後戸隠
参詣之志願候而、荒町、
牟礼井を打過、従柏原
 
   (改頁)
 
直道は北国街道、左之
戸隠山之道漸投
杖令登山、広前ニ奉
額突、掃翁ニ相尋候へは、
戸隠明神は手力雄命、
 
   (改頁)  13
 
伊勢内宮相殿之左
ニ茂祭有之。昔天磐
戸を押開給ひし時、抛其
磐戸、此所ニ落たりと云。
九頭竜権現ハ、伝曰、神
 
   (改頁)
 
形九頭ニ而、岩窟之中ニ
鎮座有。以梨為神供。
故ニ世俗、患虫歯者、
断梨心願懇祈すれは、
平愈無疑与申伝候。是
 
   (改頁)      14
 
則当山地主の神ニ而、神
秘之由承候。右記行之
趣如斯候。不具。
  十辺舎一九著
  青洲三武敬書