一 郷土謠 51
依田窪(よだくぼ)地方に關する二十四首
○和田の峠が海ならよかろかはい主(ぬし 注1)さんと船かせぎ。(往時夫の傅馬(てんま 注2)役を思ひ遣る謠)
○諏訪の峠が海ならよかろかはい男と船で越す。
○行(いべ)や(注3)友達大門山(だいもんやま)へうどや蕨(わらび)のうらとめに。
○字(あざ)は平澤清水(ひらさはしみづ)の荒地實地(じっち)地目(ちもく 注4)をして見たい。
○長久保の門口くぐれば心が變る家へ歸れば氣が變る。(旧長久保(ながくぼ)宿
に女郎あり)
(改頁) 52
○長い長久保流れど燒けどそばの三蔦(みつづた)殘りやよい。(三鳶は遊廊の一)
○不動堂古町(ふるまち)海ならよかろ立岩(たてや)若い衆船でよぶ。(長久保甚句(注5)の一)
○會ひはせないどすじかひ橋でゆうび(注6)車の二挺(ちょう 注7)だて。
○長い長久保流れど燒けどふるい古町のこしたい。(長窪古町を忍ぶ)
○場所だ場所だよ古町や場所だ狢(むじな 注8)や狐(きつね)の出る場所だ。
○嫁に來るなら立岩へお出で立岩田の中米の中。(土性を謠ふ)
○立岩古町荒川育ち矢張(やはり)人氣も其通り。(人性を謠ふ)
○立岩よいとこ依田川續き武石(たけし)や山家で山つづき。(地勢を謠ふ)
○山家(やまが 注9)なれども武石は都(岩をたたけば狢が出る。)(屋根にあやめの
絶えはない。
○武石や三千石三寺ござるどれが主さの菩提寺(ぼだいじ 注10)。
○いやだ上田のましごく様は死にや碎(くだけ 注11)けを抜けぬけと。(依田窪中武
石村のみ上田領、死米(しにごめ 注12)碎米(くだけまい 注13)を除き年貢米を改むるを謠はる)
○武石やよいとこ何時(いつ)きて見ても破障子の絶えはない。
(改頁)
○めんぱ(注14)片手に炭竃(すみがま)ながめもはや靑煙いそがしい。(堅炭(注15)製造)
○武石たんぼの馬ぐその中にあやめ咲くとはしほらしい(注16)。
○飛べや飛べとべ武石のたんぼ飛べば長久保近くなる。
○たんぼ廻(まわ)るより淸水坂行かう行けば長久保一里(注17)半。
○行(いこ)か長久保不動堂の橋よここが思案の山の鼻。
○丸子(まりこ)丸子て三丸子ござる中の丸子が中丸子。(今は上丸子が丸子の
華(注18))
○長瀬流れ町尾野山(おのやま)日やけ飯沼よいとこ花が咲く。(地勢を謠ふ)
注1.女が親しい男を呼ぶ言葉。
2.てんまやく……公用貨客の輸送に従事することを義務付けられた課役。
3.「いべや」……行きましょう。〔方〕
4.土地を使いみちによって分けた呼び名。
5.じんく……民謡の一つ。七七七五調、二十六音の歌詞を持つ。
6.「ゆうびんしゃ」の転。
7.人力車などをかぞえる言葉。
8.関東でアナグマ。関西ではタヌキ。
9.山里。山村。
10.代々の位牌(いはい)を、まつる寺。
11.「死米砕米」のこと。
12.半透明でなく、白くなった、もろい米。白く乾いた米。
13.もみすり、または精米などで、くだけた米。
14.曲げ物で作った弁当箱。〔方〕
15.ナラ、カシを焼いて作った、かたい炭。
16.おとなしくて、かわいらしい。
17.「り」……距離の単位。一里は約三・九キロメートル。
18.はなばなしく栄えている意。
河西地方に關する九首
○あのない(注1)此ない鹽田(しほだ)のないないない言葉はやめとくれ。(鹽田言葉)
○石屋様また高遠の生れ私は鹽田の石神(いしがみ)だ。
○椿(つばき)つつじは山の腰てらす私は緋綸子(ひりんず 注2)で腰てらす。
○のぼせ絲(いと)とり(注3)乞食に劣る乞食や夜寢て晝(ひる)かせぐ。(生絲製造)
(改頁) 53
○別所街道の長池に鴨(かも)が三三(さざん)の九つ白鷺(しらさぎ)三羽に鵜(う)が七つ。
○別所街道の八木澤(やぎさは)にののう(注4)が三人ござるが一人は大きな口曲り。
○別所別のとこ何時來て見ても三味(しゃみ)や太鼓の音ばかり。
○野倉(のぐら)燒餅稗團子(ひえだんご)蟻(あり)にさされて木にのぼる。
○野倉よいとこ何時來て見ても門(かど)で手を拍(う)ちやししが出る。
注1.ない……なあ。ね。ねえ。〔方〕
2.緋色(ひいろ=濃く明るい赤色)の綸子(りんず=滑らかで光沢のある、後練りの繻子(しゅす=サテン)織りの絹織物。
3.糸取……繭(まゆ)から糸を紡ぎ出すこと。
4.巫女(みこ)。〔方〕
河東地方に關する四首
○海野平(うんのたひら)から禰津(ねつ)村見れば禰津は信濃の京じやもの。(滋野三家禰津
氏據(きょ)地)
○禰津で寢つれて別所て○○して原で孕(はら)んで海野で産んだ。
○海野田中の味噌(みそ)だまお女郎豆がたかくて買はれない。(共に北國往
還(注1)の宿)
○にがた(注2)戀しや白山(はくさん)様の森が見えますほのぼのと。
注1.街道。
2.「にいがた(新潟)」の転。
(改頁)
上田平地方に關する六首
○山家なれども山口や都こがね澤から金が出る。(黄金澤の銅鑛(どうこう))
○嫁に行くなら山口や嫌よ夏の三月野で暮す。
○上田(うへだ)おんくれ(注1)坂城(さかき)ぢやおくれなぜに松代(まつしろ)くだしかれ。(方言を謠ふ)
○上田土橋(どはし)は絲師(注2)の通ひし相場の上げ下げ絲と蠶種(さんしゅ 注3)の
おーやれさんかい 電信かけたら相場を聞きだす 賣手と買手の錣引(しころびき 注4)。
○太郎山からのーえ 太郎山からのーえ 太郎さいさい山から調練
場(ちょうれんじょう 注5)を見れば。お鐡砲かついでのーえ お鐡砲かついでのーえ お鐵
砲さいさいかついで小隊進め。おつぴーひやられこのーえ おつぴ
ーひやられこのーえ ちーちがたえたえ おつとちち おつぴーひ
やられこのーえ。(明治四年東京鎭臺(ちんだい 注6)第二分營を上田におく)
○秋和鹽尻(あきわしほじり)嫁にもやるな裸であかうばら(注7)背負(しよう)がまし。
(勞働を恐る)
注1.「ください」〔方〕の語形を、三地域で比べている。
2.生糸(きいと)を対象にした相場師。
3.蚕(かいこ)の卵。
4.去ろうとするものを無理に引き戻そうとすること。
5.練兵場。兵隊の訓練を行う場所。
6.明治の初め、各地に置かれた軍団。
7.「あか」……強調の意か。「うばら」……いばら(茨)の転か。
(改頁) 54
祭禮に關する九首
○御門(ごもん)の脇(わき)のごん櫻 ごんがね花(はな)が咲いたとな。廻(まわ)り廻りて三つ曲輪(くら 注1)を遅く廻りて出場(でば 注2)に迷ふな。廻り來て廻り來て 是(これ)の御庭を眺むれば いつも絶えせぬ鎗(やり)が五萬本。馬鎧着(まよりき 注3)て馬鎧着て 是の御庭を眺むれば 黄金小草(こがねこんさ)が足にからまる。撓(しーな 注4)げかつげよーほほ撓げかつげよーほほ いつ迄(まで)かつがにいざや下(おーろ)せよーほほ。五寓本の五高本の 鎗をかつがせ押(おす)ならば 安房(あわ 注5)と上總(かずさ 注6)は是(これ)の御知行(注7)。大手道の大手道(おーてんどう)の 四つの柱は白金で 中は黄金で町(まち)あ輝く。[常田(ときだ)獅子(じし)の謠、天正十一年眞田昌幸上田築城の際、常田村片岡助兵衛、祇園祭禮(ぎおんさいれい)の獅子躍(おどり)を改作して、城域地固(注8)式に用ふ。]
注1.「くるわ(=城のまわりにめぐらす、土や石のかこい)」の転。
2.「出場所」の略。
3.うまよろい……ウマにつける防御用の武具。
4.「しなる(=たわむ)」か。
5.千葉県南部の旧国名。
6.千葉県中部の旧国名。
7.武士の給与。
8.じがため……建物をたてる前に、地面をならして固くすること。
○御門の脇のごん櫻 ごんかね花が咲いたとな。玉の簾(すだれ)を卷揚げて
廻る小簓(こざさら 注1)お目にかけます。廻(まは)り來て 廻り來て
是の御庭を眺むれば 黄金小草が足にからまる。廻り來て廻り來て 是の御門を眺むれば
御門とびらのせみや唐銅(からかね 注2)。品(しな)よくかつげ 何時(いつ)までかつげ 何
(改頁)
時までかつがにや いざや下(おろ)せ(小簓) 廻り來て廻り來て 是の御
厩(うまや 注3)眺むれば いつも絶えせぬ駒が千疋(びき)。眺むれば 雨の降る氣(け)の雲が起つ 御暇(おいとま 注4)申して戻れ小簓。御門の脇のごん櫻 ごんがね花が
咲いたとなー。
[房山(ぼうやま)獅子の謠、天正十一年上田築城の際、房山村にて祗
園祭禮の獅子躍を改作して城域地固式に用ひたもの。]
注1.ささら……民俗芸能の楽器。
2.青銅。ブロンズ。
3.馬を飼っておく小屋。
4.別れを告げること。
○天竺の獅子の子は 生れて落ちると頭(かしら)振ーる そーれを見眞似に
頭振る牝獅子(めじし)。思ひも寄らぬ朝霧おりて そーこで牝獅子が隱(かーく)され
た。奥山へ雨が降るそで雲がたつ いーぢや友達の花の峯やこい。
(長窪古町諏訪神社祇園祭)
○參(まめ 注1)り來て是(これ)のお宮を眺むれば 黄金小草が足にからまる。參り來
て是のお宮を眺むれば 軒も扉も皆黄金。皆皆様にと玉の簾を卷揚
げて 參るささらをお目にかけます。白鷺が海のとなかで巣をかけ
て 浪(なみ)にゆられてぱつと立ち候(そーろ)。ここで牝(め)獅子がかくされて 入り
山へ雨がたち 雲が立ち お暇申していざかへる。とーひや ひや
をろ ひやひやひや (笛) 天とん てこてこてこ てこ天(太鼓)
(改頁) 55
(武石村熱田社の獅子躍)
注1.「参り(まいり)」の転。
○腰をしなへて頭をそろへて ながうた(注1)ながうた。是の御庭で羽根
の矢をすげて 獅子の子が生れて落ちると 頭ふり候。廻り廻りみ
ーみくじよは 遅く廻ればだいわに廻るとな。しーつまに かーつ
まに しーなや おーよし ぼーこ(注2)たち はーはー。白鷺や白鷺や
海のとなかに巣をかけて 浪によられ(注3)てぱつと舞つて走(はし)つたとな
ぱつと舞つて走(はし)た。御殿の四本の柱が銀(しろがね)で まはかがかやくて 町
が光り輝く 町が光り輝く はーはー(西鹽田村前山鹽野神社祇園祭)
注1.長唄……三味線(しゃみせん)に合わせて歌う、長い文句の、上品な歌。
2.「ぼこ」……赤ん坊。〔方〕
3.「揺られ(ゆられ)」の転か。
○御門の脇のごん櫻 咲いて取るは笹の葉。おーてんの(注1)おーてんの
四本の柱は銀(しろがね)で銀で 中は黄金で周(まはり)かがやく周かがやく。いざやぼ
こ(注2)たち しないかつげよーかつげよー。いつまでかつがに しない
おろそよーおろせよー。廻り來て廻り來て 廻り廻りて みつくり
やうが 遅く廻りてみつくりやうが 遅く廻りて出場(でば)に迷ふな出場に
迷ふな。子供衆が子供衆が かぶり揃へた花笠を 見れば御庭の育
(改頁)
て夏菊育て夏菊。子供衆が子供衆が かけたる襷(たすき)の見事さよ よれ
つからげつさきつ廣がるさきつ廣がる。子供衆が子供衆が 結び下
げたふ襦子(注3)の帶 前や後に黄金花咲く。子供衆が子供衆が はいた
る脛巾(はばき 注4)に花が咲く 花も散さで遊(あそ)べぼこたち遊べぼこたち。あの町
に此町に 馬乘上手が御座るそーな 宵(よい)も夜中(よなか)も駒の足音駒の足音。
君が代は君が代は 千代に八千代にさざれ石の 巖(いわお)となりて苔(こけ)のむ
すまで苔のむすまで。えんや(注5)殿えんや殿 えんやの社(やしろ)に花が咲く
花も折らずに遊べぼこたち遊べばこたち。獅子の子が獅子の子が
生れて落ると里へ出て 是の御庭で頭振り候頭振り候。山雀(やまがら)が山雀
が 山を離れて里へ出て 是の御庭で羽根を休める羽根を休める。
あの山で此山で けんけんほろろと鳴く鳥は どこの巣鳥(すどり)が籠(かご)の飼
鳥(かひどり)籠の飼鳥。白鷺が白鷺が 海のほとりに巣をかけて 浪によられ
てぱんと立ち候立ち候。燕(つばくろ)が燕が 土を喰へて鐵漿(かね 注6)つけて あのや
籠のかまを塗り候かまを塗り候。天照す天照す 神の御國の神祭り
(改頁) 56
千秋萬歳御代ぞ目出度き御代ぞ目出度き。(中鹽田村保野(ほや)鹽野神社祗
園祭)
注1.「大手道(おーてんどう)」の転か。
2.「ぼこ」……子ども。〔方〕
3.「繻子(しゅす)」か。しゅす……サテン。経糸または横糸が、長く出ているような感じ
に織った、つやがあってなめらかな感じの織物。
4.わらや布で作られた、すねあて。
5.園冶(えんや)……庭園。
6.お歯黒。
○御門の脇のごん櫻。黄金(こーがね)花も咲いたとな。いーつぽてひやくはち
咲いたとな。大竹簓(ささら)もくまひちく(注1)。品(しな)よくかつげぼこたち。是の御
庭を眺むれば黄金小草が足にからまる。廻るきーや廻るきーや 廻
り廻りと思ひども 廻ればいーしば飛ぶに飛ばれぬ飛ぶに飛ばれ
ぬ。彼(あの)宮や此宮や 何たる大工が建てたやら くさび二本で仕(し)おー
しまいた仕おーしまいた。殿様や殿様や 御門の柱が銀で中は黄金
で光り輝く光り輝く。都から都から みつぎりならいのふみが來た
良くは無けれど都みつぎり都みつぎり。子供衆が子供衆が かけた
る襷に花が咲く 花も散さで遊べぼこたち遊べぼこたち。燕が燕が
土を喰(くわ)へてかねつけて 是の御庭で羽根を休める羽根を休める。あ
の山や此山や けんけんころりと鳴く鳥は あれこそほんの籠の飼
鳥籠の飼鳥。白鷺や白鷺や 海のをはたへ巣をかけて 浪にゆられ
(改頁)
てぱつと立候ぱつと立候。あの町や此町や 馬乘上手がござるそな
夜るの夜中(よなか)の駒の足音駒の足音。流行謠(はーやりうた)流行謠 心中(しんじう)くどき(注2)や
都都一(どーどいつ 注3)や まだもあるのがやとどん節やとどん節。我こみや 我こ
みや 雨が降りそで雨雲たつ お暇申せば花の都へ花の都へ。(青木
村夫神(おがみ)神社笹舞)
注1.ひちく……「しちく(糸竹)」の転か。
2.心中くどき……嘉永三(一八五〇)年八月、武蔵国富田村(埼玉県寄居町)の農家の
若い男女の心中をうたった長編の物語唄。幕末から明治中期まで、全国的に流行した。
3.俗曲の一種。七七七五調の口語調。
○御門の脇のごん櫻 黄金花も咲いたとな。眞金(まかね)花も咲いたとな
まより(注1)來て是の御庭を眺むれば 黄金小草が足にからまる足にから
まる。大(おー)天王の四本の柱が銀で 中が黄金(きかね)で町が輝く町が輝く。し
おん(注2)からの みつきりならひの ふみが來て 良くは無けれど 都
みつぎり都みつぎり。あの山にけんけんほろりと鳴く鳥は もとの
とのこの籠の飼鳥籠の飼鳥。あの町に馬乘上手が御座るぎて 夜る
も夜中も駒の足音駒の足音。白鷺が海の面(おもて)に巣をかけて 浪によら
れてばんとたち候ぱんとたち候。我國は雨が降る來て雲がたつ 御
暇申せば花の都へ花の都へ。さんざとなるは大竹簓熊簓 熊のはし
(改頁) 57
ちく(注3)熊簓。(青木村村松冠者社笹躍)
注1.「馬鎧(うまよろい)」の転。
2.「しょん」……頃合い。〔方〕の転か。
3.「しちく(糸竹)」……琴・琵琶(びわ)などの弦楽器と、笙(しょう)・笛などの
管楽器の総称。
○御門の脇のごん櫻 こーさね(注1)花も咲いたと申す。子供衆がかけた
る襷に花も咲け 花も散さで遊(あす)べぼこたち遊べぼこたち。彼町で此
町で馬乘上手が御座(ごーざる)そうで よるも夜中も駒の足音駒の足音。白鷺
が白鷺が海の面に巣をかけて 浪によられてぱんと立(たー)たれたぱんと
立たれた。燕が燕が土を喰へて里へ出て これの御庭で羽根を休め
ろ羽根を休めろ。しーししな(注2)をかつげよ しなをかつげぼこたち
餘りかつげば肩がやめ(注3)候肩がやめ候。大天王の柱が銀で 中は黄金
で周(まあり)や輝く。雨が降ろとて雲がたつ いーぢやぼこたち花の都へ花
の都へ。(室賀村天王祭笹舞)
注1.「こがね(黄金)」の転。
2.「しなる」の転か。
3.やめる……痛む。〔方〕
隣郡に關する二十五首
○淺間山様なぜやけ(注1)しやんす裾に三宿(さんしく)もちながら。
○淺間山から鬼やけつ出して鎌でかつ切る(注2)よな屁を垂れた。(火山の
(改頁)
壯觀を謠)
○淺間山からいやなやつ下る早く逃げろよ〓《おけら》 注3)ほり。
○淺間根ごしの小砂利の中にあやめ咲くとはしほらしや。(裾野の美
觀を謠)
○胸に千本のかや(注4)たてば峯に煙の絶えはない。
○佐久の平によし(注5)なら二本思ひ切るよし切らぬよし。
○小諸(こもろ)出ぬけて唐松こそば(注6)松の露やら涙やら。
○追分(おいわけ)ます形(注7)の茶屋でほろと泣かたをいつ忘りよ。(遙分節の一)
○追分油屋のかけあんどん(注8)にまわし御免と書いてある。
○西は追分東は關所せめて關所の茶屋までも。
○小田井(おてい)追分輕井澤この三宿にとまらぬ客は碓氷(うすい)峠で死などまま。
○碓氷峠のあの風車よ誰を待つやらくるくると。
○碓氷峠の權現(ごんげん 注9)樣は私がためには守神。
○上州(注10)都都逸(どどいつ)越後(注11))ぢやくどき信州追分とどめさす。
(改頁) 58
○坂木(注12)照るてる追分曇る花の都は雨が降る。
○信濃善光寺御堂で見下ろす大門町 權堂お女郎は吉原まがひで
まわしの無いのがよござんす とこよいとこ世の中よござんす。
○諏訪の殿様朝寢がすきで四つにお目ざめ晝の膳。
○諏訪の針箱二百ぢや高いまけておくれや唯(ただ)百に。
○天屋(てんや 注13)小僧は乞食にや劣る乞食や夜寢て晝かせぐ。(寒天製造)
○お前は諏訪のたちぎさん紫の天幕でおかごに揺(ゆら)れて えーさの
さ。
○木曾ぢや御嶽(おんたけ)甲州ぢやみたけ諏訪ぢや立科八ヶ嶽。
○木曾の御嶽夏でも寒い(袷(あわせ 注14)やりませうか主さんに。)(袷やりたい足
袋(たび)添えて。)(木曾節の一)
○木曾へ木曾へと皆行きたがる木曾に木山があればこそ。
○木曾へ木曾へとつけ出す米は伊那や高遠の(涙米。)(餘り米)(お藏
米(くらまい 注15)。)
(改頁)
○なみだ米とはそりや情けない伊那にや田もある畑もある。(以上
二首伊那節の一)
注1.「焼ける」……火山として、噴火する。
2.「かっ切る」……切る。接頭辞「かっ」がついたもの。〔方〕
3.山椒(さんしょう)などの、中がいくつかの房に分かれた実。
4.茅(かや)……葉が細長くて、屋根をふくのに使う草。
5.葦(よし)……水辺にはえる、竹に似た植物の名。
6.「越(こ)さば」の転か。
7.ますがた……四角い地形。
8.家の入り口や店先などに掛けておく行灯。屋名などが書いてある。
9.日本の神の呼び名の一つ。仏や菩薩(ぼさつ)が人々を救うために、仮(=権)に、
神として現れたのだという考え方に基づく。
10.旧国名・上野(こうずけ=現在の群馬県にあたる)国の異称。
11.現在の新潟県(佐渡を除く)の旧国名。
12.現在は、「坂城(さかき)」と表記。
13.寒天業。〔方〕
14.裏に布をつけた服。
15.おくらまい……領主の米倉へ収納する年貢米(ねんぐまい)。
信濃全國に關する三首
○寒い風だよ信州の風はしわりごわりと吹いて來る。(科戸風(注1)を謠ふ)
○信州信濃の新蕎麥よりも私(わたし)なあなたのそばがよい。
○信州出る時や涙で出たが今ぢや信州の風もやだ(注2)。
注1. しなとのかぜ……風の異称。特に、いっさいの罪やけがれを吹き払う風の意に
用いられる。
2.やだ……いやだ。〔方〕
二、風習謠
結婚に關する六首
○めでためでたの若松樣(注1)よ枝も榮える葉もしげる。
○此屋座數はめでたい座敷鶴と龜とで舞ひあそぶ。(以上二首は必ず
(改頁) 59
謠はる)
○めでたいなめでたいものは鶴と龜 鶴は千年龜萬年 鶴と龜とで
五万歳。
○お前百まで私や九十九まで共に白髮(しらが)のはえるまで。
○娘はたらけ今年の暮にや七つ蒲團(ふとん)で嫁にやる。(七蒲團は乘かけ用)
○直さんのお嫁とりめでたやめでたや 連理の枝(注2)に春の風が吹いて
ゐる 末ちやんお嫁入りめでたやめでたや 梅の花が赤い色に咲い
てゐる お二人様の御結婚お祝しようとて鶯(うぐいす)が啼(な)いてゐる
ほう法華経(ほけきょう 注3) ほらほら聞いてくれ 與作(よさく)どんの
牛までがお祝を言うてゐる もうもう めでたやめでたや鶴龜千年萬年萬萬歳。
注1.(正月のかざりに使う)若い松。
2.夫婦・男女の仲が非常に親密なこと。
3.大乗仏教の最も重要な経典の一つ。音の響きから、ウグイスの鳴き声に擬せられている。
建築に關する三首
○ここは大事な床柱(とこばしら 注1) よーいとこなよいとこな やれさんぎよう(注2)さんぎよう。ここは大事な床柱 念にも念を入れられて おもいれこ
(改頁)
き上げて賴みます よーいとこなよいとこな さんぎようさんぎよ
う。今日は目出度い吉日だ めでた御地形(ごぢぎやう 注3)地固め(注4)だ これこれ
大事な床柱 よーいさんぎようよいさんぎよう。
〇お夷(えびす 注5)様藏建ては 今日建つ明日建つ又も建つ はーよいよい
ここは大事なすま柱(注6) 御苦勞ながらも氣を入れて さんぎよの聲を
張り上げて 御苦勞ながらも賴みます よーいとこなよいとこな
さんぎようさんぎよう。
○上るは上るは雲井(注7)まで よーいとこなよいとこな 下るは下るは
地底まで よーいとこなよいとこな。
注1.床の間の前の柱。
2.さんぎょーつき……家作りのときの地固め。
3.じぎょう……家を建てる前に地面を突いて固めること。
4.じがため……「じぎょう(地形)」に同じ。
5.七福神のひとり。商家で信仰する。
6.すま柱……「すみ(隅)」〔方〕の柱か。
7.雲のある場所。
農業に關する六首
〇歸命頂禮長吉が 今年始めて田を作り 而(しか)も其田があたり年 た
けが一丈(注1)で穗が五尺(注2) いかなる駒でも八穗一駄(注3)。
○さても面白や五月の田植笠をかぶりて横にはふ。
(改頁) 60
○關東するすはよいするす挽(ひ)いても搗(つ)いても五斗(注4)八升(しょう)。
○石になりたい石臼の石に 中(なか)しん棒おつかぶせ 隣へ行くにも二
人づれ お米の粉がちいらほら。
○臼の輕さよ相手のよさよ相手かわらず今明日の夜も。
○大根牛蒡(ごぼう)に麥糠(ぬか)おけばつきはしませぬ油蟲。
注1.じょう……長さの単位。一丈は、一尺の十倍(=三・〇三メートル)。
2.しゃく……長さの単位。一尺は、三〇・三センチ。
3.だ……馬一頭にのせるだけの荷物。
4.と……容積の単位。一斗は、一升の十倍(=約十八リットル)。
女紅(注1)に關する三首
○みのの前掛きりりとしやんと あれが機屋(はたや 注2)の御新造(ごしんぞ 注3)さんか ちやんころんころん。
○機屋の檀那(だんな)さん御帳面ひかへてお出でる(注4)なんこれ ちやんころん
ちやんころん。
○今日も嬉しや一日くらす主(ぬし)と添ふ日が近くなる。
注1.女工に同じ。女の手仕事。
2.織り屋。
3.中流社会の人の妻を尊敬して呼ぶことば。
4.おいでる……いらっしゃる。〔方〕
(改頁)
三、流行謠
幕末に閧する五首
○色は櫻よ香は梅よ今は掃部さに止めさす。
○七十餘の耕雲齋(注1)が杖のごい(注2)せで逃て行く。
○會津殿様米の飯過る百に五連のひ葉(注3)がよい。
○會津殿様力が強い二十三萬石お差し上げ。
○會津殿様田樂おすき城の生燒(なまやけ)味噌だらけ。
○當時の節では 蝶蝶(ちょうちょう)とんぽやきんぎりす。小束(こたば)にまるけて(注4)ちよい投げろ。山寺の和尚(おしょう)さんが。よさこいよさこい。野毛(のげ)の山からのー
え。お寓ほほの毛は長いとも長いとも長いとも。あ痛たこ痛たた。
とこよいことよござんす 等があつた。
注1.武田耕雲齋……水戸藩士。幕末の勤皇家。天狗(てんぐ)党の首領となり、同志を率いて上洛をはかるも失敗。途上、信州を通過した。
2.のごう……ぬぐう。ふきとる。(杖をぬぐわないで=急いでいる様子)。
3.檜葉(ひば)……ヒノキの葉。
4.まるける……木や薪、桑の棒などを束ねる。〔方〕
(改頁) 61
明治前半に關する十四首
○一天萬乘(注1)のみかどに手向(てむかい)するやつを とことんやれとんやれな
ねらひはづさすどんどん打出す薩長土(注2) とことんやれとんやれな
(明治元年討幕の謠の一節)
○太郎山からのーえ。(歌詞郷土謠に出づ、明治四年上田分營設置に起因
す)
○西郷隆盛や枕はいらぬいらぬ筈(はず)よ首がない。(明治十年西南役に
起因す)
○西郷隆盛鰯(いわし)か雑魚(ざこ)かたい(注3)に追はれて逃げて行く。(同上)
○いつちく たつちく 高崎の黄色い帽子(しやつぷ 注4)の兵隊は 西郷に追はれ
てとつとことつとこ。(同上)
○いつちく たつちく たんぬき山 束西ざくら 色さし名乘れば
子供衆もちよいちよい ぬげろ(注5)ぬげろ。
(改頁)
○西の風そよそよ こい風の 心の曇(くも)りもさつぱりと 晴れたるお
星がたんとたんと おつてけれつつのぱ。
かはいそーだよ蠶(かいこ)のむーしーは 絲に引れーて まるはーだーか
はあどつこいどつこい。(明治二十一年製絲工場設置に起囚す)
○見ーたか見ーで來たか 大ー阪の城(しーろ)を あらどつこいどつこい
前(まーへ)は淀(よーおど 注6)がは船がつくぞよ あらえんよーほい。
(明治二十一年頃消防行列に謠つた一節)
○うらる山から亞細亞(あじあ)の東方瞥見(べっけん 注7)すれば 陰雨(注8)惨憺
(さんたん 注9)雲漠漠(ばくばく 注10)。無理も優勝劣敗(注11)の 外國交際ますらを(注12)が 慨(なげ)く眼に雲漠漠。蹴然(しゅうぜん 注13))引拔く日
本刀 數萬の弾丸飛び越えて 將軍殺した夢醒(さ)めりや 前嶺後峯(注14)雲
漠漠。(明治二十三年頃)
○重盛(注15)が忠を思へば孝ならず孝を思へば忠ならず(注16) 砲界 心二つに
身は一つ 忠勇(注17)凛凛(りんりん 注18)。
○君見ずや佛蘭西(ふらんす)皇帝なぽれおん 又見よ豊臣秀吉を 砲界 皆こ
(改頁) 62
れ草間(注19)卑野(注20)の人 忠勇凛凛。
○春風に庭に綻(ほころ)ぶ梅の花 鶯止まれやあの枝、に ほーかい そちが
囀(さえず)りや梅がもの言ふ心地する ささほーおかい。
○つれて行つても女房にやさせぬ そんなもんぢやね 一つ山越し
や金にする こりや こんこんちき鐵砲鳩豆(注21)ほい。
○當時の節では こちやえこちやえ。投げた枕に科(とが)はないしよ無い
しよ。かつぽれかつぽれ。一かけ二かけて三かけて。さいこどん(注22)
さいこどん。丹後(たんご 注23)の宮津でぴーんとぴーんと。すちやまかかんまんか
いの、おつぺらぽーのきんないらい。梅が枝のちようづばち。推量
推量。おつぺけぺつぽーぺつぽーぽ 等があつた。
注1.天子の位。「一天万乗の君」……中国、周代の制度で、天子は出陣の際に、一万台の兵車を出したところから。
2.薩摩・長州・土佐の官軍側諸藩の兵隊。
3.「たい(鯛・隊)」の掛け言葉。
4.フランス語起源の外来語。
5.「にげろ」の転。
6.淀川。
7.ちらりと見ること。
8.いんう……暗い曇り空に降る雨。
9.見ていられないほど、ひどい様子。
10.とりとめのない様子。
11.すぐれたものが勝って、おとったものが負けること。
12.力の強い、勇ましい男子。
13.つつしむさま。
14.「嶺・峯(みね)」……ともに、山のいただき。
15.平重盛……平安末期の武将。武勇にすぐれていた。
16.忠を思へば~忠ならず……進退きわまったさま。
17.忠義心があつく、勇気のあるさま。
18.りりしいさま。
19.片田舎。民間。
20.いなかびて、品のないこと。
21.「鳩(はと)が豆鉄砲を食ったよう」(=突然のことにびっくりして、きょとんとしているさま)の略。
22.「西郷(隆盛)さん」
23.京都府北部の旧国名。
明治後半に關する九首
○甲斐(かい 注1)駿河(するが 注2)二國に跨(またが)る芙蓉(ふよう)の峰(注3)は 八面玲瓏(れいろう 注4)玉をなし 夏尚(なお)寒き白雪は 清き心を表明し 雲間に高く聳(そび)ゆるは 獨立不撓(ふとう ちゅう5)の氣を示す
(改頁)
國の守りの富士山に 登つて彼方(かなた)を見渡せば 雲か霞(かすみ)か白糢糊(もこ 注6)の中に現はる東洋の諸國は眼下に一眺め。(後略)(明治二十六七年書生節の一部)
○日清條約談判爆裂(注7)し 品川乘り出す東艦 大久保殺すも彼がため
西郷殺すも彼がため 遺恨なるちやんちやん坊 日本男子の村田銃(注8)
銃のほさきに劒つけて 前へ前へと進撃し 難なく支那(注9)兵斬り倒
し 萬里の長城乘つ取つて 一里半行や北京(ぺきん)城 愉ー快じや愉快じ
や 倒れちや止ーめ止め。
○蒸汽や出て行く煙は殘る どんどん 殘る煙が癪(しゃく)の種(注10) そーじや
ないかどんどん。
○別れによごした涙の顔を ふいとさ ちよいた直して出る座敷
いとふいとさ おーさいとふいとさ おーさいとふいとさ ふいと
さ
〇何をくよくよ川端柳 こがるる何んとしよ 水の流を見て暮す
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しののめ(注11)の すとらいき(注12) さりとはつらいね てなこと おつしや
いましたね。
○春は嬉(うれ)しや二人揃うて花見の洒 庭の櫻に朧月(おぼろづき) それを邪魔(じゃま)する雨風が ちよと散して又咲かす。(夏秋冬略す)
○雪はちらちら降り積る 障子(しょうじ)あければ銀世界(注13) さぞや戦地は寒む
からう 思へば涙が先にたつ とつとことつとこと。(明治三十八年
日露戦役(せんえき 注14)に起因す)
○いやだいやだよ高襟(はいから 注15)さんはいやだ 頭(あまた)の眞中に榮螺(さざえ)の壺焼 なん
てまがいんでせう。
○でかんしよでかんしよで半歳暮せ あとの半歳や寢て暮せ よー
いよーいでつかんしよ。
○當時流行した其他の節には 磯節、紫節。木曾節、伊那節 等が
あつた。
注1.山梨県の旧国名。
2.静岡県中央部の旧国名。
3.芙蓉の峰……富士山の異称。
4.玉などが、すきとおるように美しいさま。
5.どのような困難にあっても屈しないこと。また、そのさま。
6.ぼんやりしているさま。
7.爆発して破裂すること。
8.旧日本陸軍最初の制式小銃。
9.外国人の中国に対する呼び名。
10.癪の種……腹の立つ原因。
11.あけがた。あけぼの。
12.ストライキ……労働者が、その要求を通すために集団で仕事をしないこと。
13.雪で真っ白なけしき。
14.戦争。
15.ハイカラ(high collar=たけの高いえり)。外来語。西洋風にしゃれること。
(改頁)
大正初年に關する一首
○洒は元より好(す)きでは飮まぬ 逢はぬつらさにややけで飮む やめ
ておくれよやけ洒ばかり 弱いからだを持ちながら 若(もし)も病気に又
なつたなら 醫者よ藥と氣をもんで 後の始末は誰がする どんどん。
○當時流行した其他の節では まつくろけのけ。かちうしや。一か
け二かけ 等を始とし交通機關の完備と共に 讀賣(よみうり 注1)が樂器に合せて
地方地方へ 印刷物として賣り込む情勢となつたから 朝に東京に
謡ひ初めれば夕に吾(わが)郷土に流れ込むでくる 然(しか)れば大正以後の流行
謡は正に東京のそれと一致する 故を以て本集には之を省く。
注1.読売新聞