秀吉は天正十九年(一五九一)甥の秀次を関白に就任させ、関白の政庁としての聚楽第も秀次に明け渡した。こうして太閤となった秀吉が、京都郊外伏見に築いた城が伏見城である。最初は秀吉の隠居城として着工されたが、文禄三年(一五九四)からは本格的な城と城下町の建設に発展した。中心部の建物は、壮麗を極めたものであったという。桃山時代・桃山文化の名は、この秀吉の居城、伏見桃山の地名にちなんでいる。

 この伏見城普請には、朝鮮へ渡海しなかった東国大名が主に動員されており、真田父子も普請役を割り当てられている(写真)。文禄三年三月から九月までとされた間の主な業務は石材の運搬・石垣築造であったが、その間には木曽よりの用材の運搬も命ぜられている(写真)。

 このときの秀吉の奉行や普請奉行からの幾つかの通達の内の一通、文禄三年正月十八日付け書状(写真)の宛名には昌幸信幸と並んで「左衛門様」つまり左衛門佐(さえもんのすけ)信繁(幸村)の名も見える。信繁も父や兄とは別に、秀吉の家臣として遇されていたことが確認でき注目される。また、後の昌幸書状(写真)の内容より見て、伏見城下には真田氏の屋敷があったことは確かだが、それも昌幸信幸のものだけでなく、信繁の屋敷もあったとみられる。

 なお、上田の隣の小諸城主仙石秀久は元からの秀吉家臣でもあり、もちろん伏見に屋敷を構えていた。「仙石家譜」等によれば、秀久自身は秀吉の臣として伏見に詰めているのが原則であり、領地小諸に帰城することは稀であった。これが主人への忠勤を励む家臣としてのあるべき姿でもある。真田父子伏見在勤も短くはなかったとみてよい。

蓮華王の茶壷
蓮華王の茶壷
卯の花の茶壷
卯の花の茶壷
真田信幸宛豊臣氏奉行連署状
真田信幸宛豊臣氏奉行連署状

<史料解説>

真田信幸宛豊臣氏奉行連署状   真田宝物館蔵

  文禄二年(一五九三)十二月十七日

 秀吉の奉行長束(なつか)正家等が京都郊外の伏見城普請信幸に命じたもの。領内開発のためとして、一旦は普請役を免じられたのが、変更となっている。城普請は来年三月から九月までなので、二月中に京都へ到着するようになどとある。信幸はこの文禄二年九月、秀吉の命により従五位下(じゅごいのげ)伊豆守に叙任されていた(寛政重修諸家譜ほか)。そのため、宛名も「源三郎」から「伊豆守」に変っている。なお、朝廷から出された叙任の口宣(くぜん)案はこの翌年の文禄三年十一月二日付となっている。

<訓読>

  態(わざわざ)申し入れ候。
  一来年御普請の儀、最前御免成さるべき旨に候へ共、御城廻り御普請未だ相究めず候に付いて、御座成さるべきの旨に候事。
  一来年三月朔日より九月迄御普請に候間、二月中に京着候様に仰せ付けらるべく候事。
  一御普請役の義、御手前高の内五分の一人数引かれ仰せ付けらるべき旨に候。御扶持方下さるべく候間、右の通りに人数を定め出さるべき由に候。恐々謹言。
         長大長束大蔵大輔)正家(花押)
   極月十七日 増右増田右衛門尉)長盛(花押)
         石治(石田治部少輔)三成(花押)
         徳善前田徳善院) 玄以(花押)
     真田伊豆守殿 御宿所

真田昌幸・信幸・幸村宛佐久間甚四郎等連署状
真田昌幸信幸幸村佐久間甚四郎連署状

<史料解説>

真田昌幸信幸幸村佐久間甚四郎連署状   真田宝物館蔵

  文禄三年(一五九四)一月十八日

 これも伏見城普請についての指令だが、普請奉行四名からの書状。宛名に幸村(「左衛門様」)が見え注目される。幸村(信繁)も信幸と同じく、やはり秀吉の命で、文禄二年九月には既に従五位下左衛門佐に叙任されていたものとみられる。

<訓読>

  来る朔日より御普請の儀、普請と仰せ出だされ候。御役儀の事、千六百八拾人にて候。御心得の為申し上げ候。恐惶謹言。
          佐久間甚四郎正実(花押)
   正月十八日  山城少兵衛 一久(花押)
          伏屋小兵衛 為長(花押)
          石尾与兵衛 治一(花押)
     真房州様
     真伊豆
     同左衛門様 人々御中

真田昌幸宛豊臣秀吉書状
真田昌幸豊臣秀吉書状

<史料解説>

真田昌幸豊臣秀吉書状

   真田宝物館蔵

  文禄三年(一五九四)六月一日

 秀吉が昌幸に、伏見築城の用材として、柾板を木曽より近江朝妻まで運搬するよう命じたもの。国元に残してある人数を使って、とある。木曽は秀吉直轄領となっていた。(原本は折紙)

<訓読>

  急度仰せ遣はされ候。伏見御作事の御用に候の条、柾板百五十駄、国本に残し置き候人数を以って、木曽より朝妻迄相届け、即ち石川兵蔵奉行に相渡すべく候。急の御用に候条、由断すべからず候。尚石川兵蔵申すべく候也。
   六月朔日(朱印)(豊臣秀吉
     真田安房守とのへ