戦場に駆り出された民衆

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さて、戊辰戦争ではこれまで述べた農兵・社家隊修験隊などのほかに、多くの農民が雑役夫として戦場に徴集された。近代戦は大量の武器・弾薬を消耗するため、兵站(へいたん)がしっかりしていないと軍そのものが機能しないのである。一例を挙げると、明治元年四月二十二日に発令された鶴岡(庄内)藩討伐応援部隊一大隊の総勢は五八〇人であったが、内、御目見以上の戦士は二二〇人にすぎず、あとは足軽軽卒が二八七人、又者(またもの)という高級士分の私的従者六人を除けば、残り六七人は炊夫(すいふ)(食事係)・浮夫(うきふ)(雑役夫)・持夫(もちふ)(弾薬運搬係)などの農町民であり、この時には二大隊が組織されている。
 民衆が具体的にどのように徴集されたのかは、史料が乏しいため不明な点が多いが、戊辰戦争全体では多くの民衆が強制的に前線に駆り出された。官軍が最も多く結集したのは箱館総攻撃に際してであったが、『津軽承昭公伝』では明治二年四月時点で各地に展開していた弘前藩兵は二四九〇人、それに従う夫卒数を五二六一人と新政府に報告している。同書は弘前藩の維新に対する功績をやや過大に述べる傾向があるので、この数値が正確なものかどうかはなお他の史料によって確認する必要があろうが、それにしても兵站を支えるためには、いかに多くの人員が必要かを示唆しているといえよう。そして、彼らの中には実弾の飛び交う戦場で命を落とした者も実際いたのである。
 表15は弘前藩が戊辰戦争で出した戦死者の内、明治二年六月の招魂祭(しょうこんさい)で祀られた者の一覧であるが、総勢六七人の内、五人は軍夫に駆り出された庶民であり、当市域からは二人の戦死者を出している。年齢をみると、二十歳代から六十歳代までさまざまであるが、いずれにせよ痛ましいことには変わりない。藩は招魂祭執行に際して姓を名のることを許し、毎年祭事料として米五俵を下賜した。さらに、戦死者リストを詳しくみると、最も多く命を落としたのは軍政改革で創設された三等銃隊(創設時は二等銃隊)の三三人で、十八歳から二十歳代の若者がほとんどを占め、この戦力が最前線に動員されたのである。次に多いのは足軽の二二人であるが、中には五十~六十歳代の者もおり、戦争の悲惨さを物語っている。三等銃隊足軽は身分的・意識的には藩制に連なる士ではあったが、生活実態は町民・農民と余りかわらないのであり、その意味では徴を受けた軍夫と同じ戦争犠牲者であった。
表15.戊辰戦争戦死者一覧
No.氏 名年齢役 職家 禄戦死場所賞典内容備   考
 1(高橋)久之助60歳軍夫秋田姥ヶ平祭祀米
毎年5俵
金木村農民
姓は後日のもの
 2(佐々木)文作49歳軍夫南部野辺地祭祀米
毎年5俵
柏木村農民
姓は後日のもの
 3(木村)清蔵23歳軍夫南部野辺地祭祀米
毎年5俵
松森町平民。
姓は後日のもの
 4(佐藤)安之助43歳軍夫箱館二股祭祀米
毎年5俵
駒越村平民。
姓は後日のもの
 5(花田)定吉28歳軍夫箱館大川祭祀米
毎年5俵
葛原村(現岩木町)平民。
姓は後日のもの
 6(本川)長之助22歳軍夫箱館峠下村祭祀米
毎年5俵
植田村(現岩木町)平民。
姓は後日のもの
 7榊田幸蔵59歳諸手足軽5石2斗1升秋田矢島領吉沢村永世17俵家督は息子彦蔵へ
 8岩崎彦蔵54歳諸手足軽5石2斗秋田矢島領吉沢村永世17俵家督は息子文吉へ
 9豊田音吉53歳諸手足軽5石2斗1升秋田矢島領吉沢村永世15俵家督は息子音五郎へ
10岩沼小兵衛28歳諸手足軽不明秋田矢島領吉沢村永世15俵家督は息子熊太郎へ
11工藤岩吉53歳諸手足軽4石6斗6升南部野辺地永世15俵家督は息子久清へ
12森山勝三郎66歳諸手足軽1石2斗1升南部野辺地永世15俵家督は息子平之助へ
13羽賀多吉27歳諸手足軽5石2斗南部野辺地永世15俵家督は息子徳之助へ
14成田清太郎40歳諸手足軽3石5斗4升南部野辺地永世15俵家督は息子常次郎へ
15大川豊太郎24歳諸手足軽5石3斗南部野辺地永世15俵家督は息子是吉へ
16佐野左吉32歳諸手足軽5石2斗1升南部野辺地永世15俵家督は息子武四郎へ
17今銀弥30歳諸手足軽5石2斗1升南部野辺地永世15俵家督は息子百吉へ
18竹村長太郎45歳諸手足軽5石2斗1升南部野辺地永世15俵家督は息子常吉へ
19大川元太郎30歳諸手足軽5石2人扶持南部野辺地永世15俵家督は息子清三郎へ
20久米田巳八48歳諸手足軽不明南部野辺地永世15俵家督は息子峰吉へ
21若林栄八25歳諸手足軽不明箱館桔梗野永世15俵家督は息子へ(氏名不明)
22斎藤東八47歳諸手足軽5石2斗1升箱館桔梗野永世15俵家督は息子伝蔵へ
23諏訪久吉37歳諸手足軽8石箱館桔梗野永世15俵家督は息子岩太郎へ
24佐藤純吉29歳諸手足軽6石箱館桔梗野永世15俵家督は息子孝太郎へ
25中田勝之丞35歳諸手足軽5石2斗1升箱館桔梗野永世15俵家督は息子熊次郎へ
26青木惣次郎21歳諸手足軽8石箱館桔梗野永世15俵家督は息子初弥へ
27須藤万之助33歳諸手足軽3石5斗4升箱館桔梗野永世15俵家督は息子源蔵へ
28竹中範平30歳大組足軽5石2斗1升箱館千代ヶ岱永世15俵家督は息子東一郎へ
29原田範司20歳三等銃隊無足秋田矢島領吉沢村永世35俵永世禄は兄岩太郎へ
30浪岡三蔵21歳三等銃隊無足秋田矢島領吉沢村永世15俵永世禄は父運助へ
31関孝馬22歳三等銃隊無足秋田矢島領吉沢村永世15俵永世禄は父宗司へ
32藤田文吉22歳三等銃隊無足秋川矢島領吉沢村永世15俵永世禄は父卯之吉へ
33佐藤平吉19歳三等銃隊無足秋田包丁長根永世15俵永世禄は末吉へ
34舘山正作19歳三等銃隊無足秋田岩渕長根永世15俵永世禄は兄才助へ
35山田要之進26歳三等銃隊無足南部野辺地永世20俵永世緑は父平吉へ
36須藤惟一18歳三等銃隊無足南部野辺地永世20俵永世緑は父勝五郎へ
37田中又蔵26歳三等銃隊無足南部野辺地永世15俵永世禄は兄宗右衛門へ
38山川敬吉22歳三等銃隊無足南部野辺地永世15俵永世禄は兄栄蔵へ
39八木橋善次郎25歳三等銃隊無足南部野辺地永世15俵永世禄は兄彦市へ
40山内直吉29歳三等銃隊無足南部野辺地永世15俵永世禄は兄与惣平へ
41小野政之助22歳三等銃隊無足南部野辺地永世15俵永世禄は父祐之助へ
42井関運八26歳三等銃隊無足南部野辺地永世15俵永世禄は弟源一へ
43土岐貫19歳三等銃隊無足南部野辺地永世15俵永世禄は兄八右衛門へ
44高木孫一22歳三等銃隊無足南部野辺地永世15俵永世禄は息子定蔵へ
45佐々木豹次郎33歳三等銃隊無足南部野辺地永世15俵永世禄は父新五郎へ
46佐々木良作27歳三等銃隊無足南部野辺地永世15俵永世禄は父惣五郎へ
47山中重次郎26歳三等銃隊無足南部野辺地永世15俵永世禄は兄恭一へ
48成田忠次郎18歳三等銃隊無足南部野辺地永世15俵永世禄は兄幾之進へ
49中田盛弥29歳三等銃隊不明南部野辺地永世15俵永世禄は息子盛吾へ
50金寅太郎27歳三等銃隊無足箱館峠下村永世15俵永世禄は父東一へ
51石岡孫弥22歳三等銃隊無足箱館七重村永世15俵永世禄は兄理兵衛へ
52葛西文三郎24歳三等銃隊無足箱館七重村永世15俵永世禄は父次郎兵衛へ
53工藤末古24歳三等銃隊無足箱館矢不来永世15俵永世禄は父善九郎へ
54坂本友弥25歳三等銃隊無足箱館桔梗野永世20俵永世禄は父善兵衛へ
55高杉権六郎27歳三等銃隊無足箱館桔梗野永世15俵永世禄は兄治右衛門へ
56三浦銀弥18歳三等銃隊無足箱館桔梗野永世7俵永世禄は父文吾へ
57白取直之進27歳三等銃隊無足箱館二股永世15俵永世禄は兄東一へ
58島村亀吉24歳三等銃隊無足箱館矢不来永世15俵永世禄は父仲へ
59神勇蔵25歳三等銃隊無足箱館矢不来永世15俵永世禄は父筆弥へ
60木村昇23歳三等銃隊無足箱館矢不来永世15俵永世禄は父忠吾へ
61伊藤銀吾41歳三等銃隊無足箱館矢不来永世15俵永世禄は父孫太夫へ
62成田求馬30歳足軽頭200石秋田矢島領吉沢村永世50俵・物品家督は息子郡太郎へ
63工藤善司22歳以上支配12石2人扶持秋田矢島領吉沢村永世35俵家督は息子清司へ
64小島左近45歳足軽頭200石南部野辺地永世50俵永世禄は息子貞雄へ
65谷口永吉48歳表書院番16石南部野辺地永世20俵永世緑は息子忠太へ
66高杉左膳35歳足軽頭200石箱館桔梗野永世50俵家督は息子静太郎へ
67藤田乕之助28歳御小姓組100石箱館矢不来永世20俵家督は息子助之進へ
注)弘前藩記事」(弘図八)第60・61巻「戦死履歴」,第63巻「招魂祭調・上」にて作成。